見えない数を発明したら、世界がむしろよく見えるようになった話
二乗するとマイナスになる数なんて、あるわけがない
虚数という言葉には、どうしても少し怪しさがあります。実数に対して虚数。まるで本物ではない数、想像上の数、数学者が困って作った都合のよい記号のようにも見えます。
しかも説明の入口はだいたいこうです。二乗するとマイナス1になる数を考えます。つまり、i²=-1 です。
ここで多くの人が一度止まります。いや、そんな数はないでしょう、と。2を二乗すれば4、マイナス2を二乗しても4です。どんな実数を二乗しても、結果はゼロ以上になります。なのに、二乗してマイナス1になる数を作ると言われても、何かルール違反を見ているような気分になります。
この違和感は正しいです。実数の世界には、そんな数はありません。だから虚数は、実数の中から見つかった数ではなく、実数だけでは処理しきれなくなった数学を前にして、世界のほうを少し広げて作られた数です。
ここがまず面白いところです。虚数は、最初から自然にそこにあったというより、計算の都合から呼び出された数でした。ところが、あとになってみると、その数は都合のよい補助線どころか、現実を記述するための非常に強力な言語になっていきます。
最初は不自然に見えたものが、後から見るとむしろ自然だった。虚数の物語は、その順番がたまらなく面白いのです。
数は、ずっと拡張され続けてきた
そもそも、虚数だけが特別に奇妙なわけではありません。数の歴史を振り返ると、私たちはずっと、必要に応じて数の世界を拡張してきました。
最初は自然数です。1、2、3という、数えるための数です。けれども商売をしたり、物を失ったり、温度が下がったりする世界では、それだけでは足りません。そこでゼロや負の数が入ってきます。
さらに、長さや面積を真面目に扱うと、分数が必要になります。整数同士の割り算が割り切れないからです。ところが正方形の対角線の長さのようなものを考えると、今度は分数でも表せない数が出てきます。そこで無理数が現れます。平方根2のような数です。
つまり、数の歴史とは、現実や計算の要求に押されながら、数学が世界を少しずつ広げてきた歴史でもあります。
そう考えると、虚数だけを特別扱いする理由はあまりありません。負の数が初めて出てきたときも、きっとかなり気味が悪かったはずです。リンゴが3個あるのは分かる。でもマイナス3個のリンゴとは何なのか。当時の人からすれば、負の数だって十分に不自然でした。
それでも今の私たちは、負債や温度や座標を通して、負の数を当たり前に使っています。虚数もそれと似ています。最初は奇妙に見える。でも、その数でしか見えない世界があると分かると、急に景色が変わるのです。
虚数は、方程式の行き止まりから生まれた
虚数が本格的に顔を出してくるのは、方程式を解こうとしたときです。数学者たちは昔から、三次方程式や四次方程式をどう解くかに情熱を注いでいました。一次方程式や二次方程式は比較的扱いやすいですが、三次になると一気に世界がややこしくなります。
16世紀のイタリアでは、三次方程式の解法をめぐって、数学者たちが競い合っていました。その中で現れたのが、途中の計算で平方根の中にマイナスが出てくるという奇妙な事態です。
不思議なのは、最終的な答え自体はちゃんと実数になる場合があることです。にもかかわらず、そこへたどり着くまでの途中計算で、どうしても虚数のようなものを通らないと先へ進めないことがあったのです。
これはかなり衝撃的です。虚数は、答えとして突然必要になったというより、計算の途中で門番のように現れました。ここを通りたければ、この数を認めなさい、と言ってくるのです。
当時の数学者たちは、もちろん気持ち悪がりました。存在しない数、ありえない数、洗練されていない数として扱われることもありました。それでも彼らは気づき始めます。どうもこの怪しい数を一度認めたほうが、計算全体はむしろ整然と進むのではないか、と。
虚数は、最初から歓迎された住人ではありません。数学の玄関から丁寧に招かれたのではなく、裏口から入ってきた侵入者に近い存在でした。けれども、その侵入者は気づけば家の設計そのものを変えてしまったのです。
虚数は、見えない数ではなく、直交する数だった
虚数をただの変な記号として理解しようとすると、どうしても苦しくなります。ですが、見方を変えると急に分かりやすくなります。
実数は、一本の数直線に並びます。右へ行けばプラス、左へ行けばマイナスです。これは長さや大小を扱うにはとても便利です。しかし、世の中には長さだけでは表しにくい変化があります。たとえば回転です。
前に進む、後ろに下がるだけなら一本の線で足ります。でも右に曲がる、左に曲がるという話になると、線だけでは足りません。平面が必要です。
そこで、実数の軸に対して直交するもう一本の軸を考えます。それが虚数軸です。実数が横軸、虚数が縦軸。この二つを組み合わせた数が複素数です。a+bi という形で書かれる数です。
ここで虚数は、何か曖昧なものではなくなります。実数と違う方向を持つ数として理解できるようになります。量の大小だけではなく、向きまで含めて表せる数になったわけです。
この理解はかなり大事です。虚数は、実数の失敗作でも代用品でもありません。実数だけでは表現できなかった方向を導入した結果として現れる数です。
つまり虚数とは、存在しない数というより、一本線の世界を平面に拡張したときに必要になる数なのです。
i をかけると、なぜ90度回転するのか
虚数のいちばん気持ちいいポイントは、i をかけるという操作が、平面上で90度回転に対応することです。
たとえば、実数の1を平面上の点として考えると、それは横軸上の1の位置にあります。ここに i をかけると i になります。これは縦軸上の1です。つまり、右向きだったものが上向きになる。ちょうど90度回転したことになります。
さらにもう一度 i をかけると、i² です。これは -1 です。上向きだったものが左向きになる。さらに i をかければ -i、もう一度かければ 1 に戻ります。4回かけると一周して元に戻るわけです。
これを見た瞬間、虚数の印象はかなり変わります。二乗するとマイナスになる謎の数、ではありません。回転を数として持ち込んだ結果、自然に現れた記号に見えてきます。
ここではじめて、i²=-1 というルールも少し生き生きしてきます。90度回転を2回やれば180度回転です。右向きの1は左向きの-1になります。だから i を2回かけると -1 になる。これはもはや無茶な約束というより、回転の言語としてとても自然です。
数学のすごいところは、変なルールを押しつけるのではなく、見方が変わると急にそのルールが美しく見えてくるところです。虚数はその代表例かもしれません。
役に立つから残った、では少し足りない
こういう話をすると、じゃあ虚数は何に使うのですか、という問いが出てきます。もちろん使い道はたくさんあります。電気回路、交流、波動、振動、信号処理、制御工学、量子力学。現代科学と工学のかなり深い部分に虚数は入り込んでいます。
交流回路では、電圧や電流は時間とともに周期的に変化します。この周期変化を扱うのに、複素数は驚くほど便利です。波のずれ、位相、振幅といったものが、実数だけでごりごり処理するよりもずっとすっきり書けます。
量子力学でも虚数は単なる補助記号ではありません。理論の骨格の中に深く組み込まれています。電子や光の振る舞いを表す式の中で、虚数はとても自然に現れます。
ただ、ここで「役に立つから大事です」とだけ言ってしまうと、少しもったいない気がします。虚数が面白いのは、便利だからというより、最初は意味不明だった概念が、後から世界の深い記述にぴたりとはまってしまうことです。
人間の頭の中で作られたはずの数が、自然界の振る舞いを説明するのにこれほど適している。これは考えてみるとかなり不思議です。虚数は、数学が単なる計算テクニックではなく、世界の構造に触れているのではないかと思わせる数でもあります。
実在するかどうか、という問いが少しずれる
虚数について語るとき、ときどき「結局、虚数って実在するんですか」という問いが出てきます。これは面白い問いですが、少しだけ聞き方を変えたほうがよいかもしれません。
たとえば、マイナス3は実在するのか。ゼロは実在するのか。座標は実在するのか。これらは机の上に転がっているわけではありません。でも、世界を記述し、予測し、理解するための枠組みとして強力に機能しています。
そう考えると、数の実在性は、物として触れるかどうかで決まるわけではありません。むしろ、その概念を導入することで世界の構造がどれだけうまく整理されるか、どれだけ深く見えるかが重要になります。
虚数は、見えないから怪しいのではありません。見えない構造を見えるようにするための数です。
波、回転、周期、振動。こうした現象は、私たちのまわりにいくらでもあります。虚数は、それらを扱うために数学が獲得した非常に洗練された道具です。しかも、その道具は後付けの小技ではなく、数学全体をより閉じた、より美しい体系にしていきます。
実数の世界では解けない方程式がある。ならば数の世界を広げよう。その結果、世界のほうが前より分かるようになった。これはかなり胸が熱い展開です。
虚数は、無理を通した数ではなく、世界を一段深くした数
虚数の話を最初に聞いたとき、多くの人は「数学って、ないものをあることにして進めているんだな」と感じるかもしれません。たしかに、その印象は半分当たっています。虚数は、実数の常識の中から自然に生えた数ではありません。
でも、もう半分は違います。虚数は、無理を押し通した結果できた不自然な継ぎ足しではなく、実数だけでは見えなかった構造を表現するために必要だった拡張です。
そして面白いのは、その拡張が恣意的ではなかったことです。好き勝手に変な数を増やしたのではなく、方程式を解きたい、回転を表したい、波を扱いたいという要請に押されて進んだ結果、虚数にたどり着いたのです。
最初は異物に見えたものが、あとから見るとむしろ本筋だった。数学では、ときどきこういうことが起こります。
虚数は、現実離れした奇妙な概念ではありません。むしろ、現実のほうが思ったよりも複雑で、一本の数直線では足りなかったという話です。世界は前後だけではなく、向きを持ち、回転し、振動し、位相をずらしながら動いています。だから数もまた、そこまで拡張される必要があったのです。
二乗するとマイナスになる数なんてあるわけがない。そこから始まったはずなのに、気づけばその数なしでは語れない世界が広がっている。
虚数とは何か。たぶんそれは、見えない数ではありません。見えなかった次元を、見えるようにした数です。

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