ピオグリタゾンの昔と今 ― 糖尿病からNASHへ、静かに舞台を移した薬

糖尿病
糖尿病治療の主役から一度退いた薬が、いま再び脚光を浴びている。
その名はピオグリタゾン。かつて“次世代糖尿病薬”と呼ばれたこの薬は、NASHという新たなステージで静かに評価を取り戻しつつあります。

はじめに ― この記事で分かること

  • ピオグリタゾンの誕生と一時代を築いた背景

  • なぜ処方が減ったのか、逆風の要因

  • NASH領域で再評価される理由と最新の立ち位置


読者への問いかけ

「ピオグリタゾンって、もう古い薬じゃないの?」
「糖尿病にはもうあまり使われてないのに、なぜまた話題に?」
「NASHで注目されているって本当?」


ピオグリタゾンの登場 ― インスリン抵抗性に挑んだ“次世代”

1990年代、2型糖尿病治療はスルホニル尿素薬やメトホルミンが中心でした。
中でもメトホルミンは肝臓の糖新生を抑制し、間接的にインスリン抵抗性を改善する薬として知られていました。

そんな中、ピオグリタゾンは脂肪細胞にあるPPARγという核内受容体を介し、インスリンが効きやすい体質そのものを変えるという新しいアプローチで登場しました。

1999年にアメリカで承認され、武田薬品が開発。日本でも発売され、**“インスリン抵抗性を治療ターゲットとした初の薬”**として注目を集めました。


栄光と逆風 ― PROactive試験から副作用報道へ

そして2005年、PROactive試験では、主要評価項目こそ有意差がなかったものの、副次的評価項目で心血管イベントの再発抑制が報告され、ピオグリタゾンは“アウトカム改善薬”として一時脚光を浴びました。

しかし、ピオグリタゾンの“逆風”を語るうえで欠かせないのが、「脂肪の扱い方」による副作用の二面性です。

ピオグリタゾンは脂肪細胞の機能を改善し、血中の遊離脂肪酸を減らすことで、肝臓や筋肉のインスリン抵抗性を改善するというメリットがあります。これは2型糖尿病において非常に重要な働きです。

一方で、インスリン感受性が高まることで脂肪細胞が“脂肪をため込みやすい状態”にもなり、体重が増加しやすくなるという側面もあります。とくに皮下脂肪への蓄積が進むことで、体重増加や浮腫が副作用として目立ちやすくなるのです。

つまり、**脂肪を“異所性”にためるより“安全な場所”に蓄える方向にシフトするという“脂肪の再配分”**がピオグリタゾンの代謝改善効果の本質であり、そこに副作用も隣り合わせで存在しているというわけです。

次第に、さまざまな副作用への懸念が噴出します。

  • 体重増加・浮腫:インスリン感受性が高まることで脂肪蓄積も進み、体重増加が避けられない症例も多く報告されました。

  • 心不全の増悪:浮腫との関連で、心不全患者に悪影響を及ぼす可能性が取り沙汰されました。

  • 膀胱がんリスク:一部観察研究でリスク上昇が示唆され、これが広く報道されることで、患者・医師の間に警戒感が広がりました。

こうした要因が重なり、処方は次第に減少していきました。
また、DPP-4阻害薬やSGLT2阻害薬などの新薬が次々と登場したことで、相対的に選択の優先度が下がったという側面もあります。


治療の主役から“脇役”へ ― 現在の糖尿病治療における立ち位置

現在、糖尿病治療ガイドラインの第一選択薬はメトホルミンです。
ピオグリタゾンは追加薬の一つという立場で、浮腫や心不全の懸念がない症例、高齢者への少量投与、他剤との併用時など、慎重な使い分けが求められる薬となっています。

一方で、少量(7.5mgなど)での併用による相乗効果や費用対効果の高さが評価され、「あとひと押し」の存在として現場では根強い処方が続いています。


再評価の兆し ― NASHという新たなステージ

そんな中、ふたたび注目されるきっかけとなったのが、**非アルコール性脂肪肝炎(NASH)**への応用です。
NASHは、肥満や糖尿病を背景に肝臓に脂肪が沈着し、炎症や線維化が進行する疾患で、最終的には肝硬変や肝がんへと進展することもあります。

この病態の根底にあるのがインスリン抵抗性
ピオグリタゾンは、インスリン感受性を改善することで、肝臓への脂肪蓄積や炎症を抑える作用が期待されており、糖尿病とは別軸の新たな治療可能性として注目され始めました。


NASHにおけるエビデンスと実態

  • **PIVENS試験(2010)**では、非糖尿病のNASH患者に対してピオグリタゾンが肝臓の脂肪化や炎症を有意に改善したと報告されました。

  • **Cusiら(2016)**の研究では、2型糖尿病合併NASH患者においても、線維化スコアや肝機能指標の改善が示唆されました。

こうしたエビデンスは、NASH治療における“明確な選択肢が乏しい”という背景の中で、非常に貴重なものでした。

ピオグリタゾンがNASH治療に用いられるようになったことは、「標的となる病態に向けた治療薬が登場した」という点で画期的であり、診療の幅を広げるきっかけになったとする専門家の声もあります。

ただし、日本ではNASHに対する使用は保険適用外であるため、現場では医師の裁量により慎重に判断されつつ処方されています。


まとめ ― 変化に適応しながら生き残る薬

ピオグリタゾンは、

  • インスリン抵抗性という本質に挑んだ先駆けの薬

  • 一度は副作用報道と新薬の登場で処方が後退

  • しかしNASHという新たな疾患領域で再評価されつつある

という、まさに「舞台を変えて生き延びた薬」です。

糖尿病の枠を越え、肝疾患という新たな課題に挑むその姿は、薬の“しぶとさ”と“進化”を感じさせてくれます。

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※本記事は薬学生および薬剤師など、医療関係者を対象とした教育・学術目的の情報提供です。医薬品の販売促進を目的としたものではありません。
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