スピロノラクトンのこと、ただの利尿薬だと思ってないよね?

スピロノラクトン ― なぜ“昔の薬”が今、心不全治療の主役なのか 心不全
スピロノラクトン ― なぜ“昔の薬”が今、心不全治療の主役なのか

心不全治療の概念を覆した、大逆転の物語


はじめに ― この記事で分かること

  • スピロノラクトンの歴史と“再評価”の流れ

  • フロセミドなど他の利尿薬との違いとは?

  • 現在の心不全治療ガイドラインでの立ち位置


読者への問いかけ

「スピロノラクトンって、利尿薬でしょ?」
「なんで今さらそんな古い薬が注目されてるの?」

そう思ったあなたへ。
実はこの薬、“予後を改善する利尿薬”として、世界中で再評価されています。
その理由、知っていますか?


古くて地味な薬 ― 1959年、スピロノラクトン誕生

スピロノラクトンは1959年に登場した“アルドステロン拮抗薬”。
当初は高血圧や浮腫に使われる、ごく一般的なカリウム保持性利尿薬として知られていました。

臨床でもその立ち位置は、「他の利尿薬でカリウムが下がったら使う薬」。
あくまで“補助的な役割”でした。


スピロノラクトンは“地味な脇役”だった ― 当時の利尿薬事情

1950年代後半、降圧・利尿薬としてサイアザイド系が登場し、大きなブレイクを果たしていました。
その後を追うように登場したのが、**ループ利尿薬(フロセミドなど)カリウム保持性利尿薬(スピロノラクトンなど)**です。

この時代、利尿薬の目的は明確でした:

  • 高血圧の治療

  • 浮腫(うっ血性心不全・腎疾患)の緩和

スピロノラクトンは、アルドステロンによるNa再吸収・K排泄を抑制する薬ですが、
「単体では利尿効果が弱く、むくみに劇的な変化を出しづらい」
という性質から、**“補助的に使う薬”**という位置づけに甘んじていたのです。

特に**ループ利尿薬(フロセミド)**が1960年代に登場すると、
その即効性と強力な利尿効果により、**心不全や浮腫には“フロセミド一択”**という時代が続きました。


フロセミドとの決定的な違い ― なぜ“予後”を変えられないのか?

フロセミドは、うっ血性心不全の症状緩和に非常に有効です。
呼吸困難や浮腫を速やかに改善し、患者の苦痛を取るという意味では、現場では欠かせない存在です。

実際、うっ血を解除することは、短期的には心負荷の軽減につながります
肺うっ血による呼吸苦が和らぎ、体液バランスも整う――これは患者にとって大きな恩恵です。

しかし、ここで重要なのは「症状の改善」と「予後の改善(=生存率や再入院率の向上)」は別物であるということです。

なぜフロセミドでは予後改善が得られないのか?

以下の理由から、フロセミドは長期的な疾患進行の抑制にはつながらないと考えられています。

  • 作用はあくまで“体液量の調整”のみで、心筋リモデリングや神経・ホルモン系の活性化に対する影響が乏しい

  • 強力な利尿による低血圧・腎機能悪化・電解質異常が、かえって予後を悪化させる可能性がある

  • RALES試験のような“無作為化比較試験での予後改善効果”が示されていない

つまり、「うっ血を取る」ことと「命を救う」ことは、必ずしもイコールではないのです。

※うっ血の解除は短期的な心負荷軽減にはつながりますが、心不全の進行や長期予後に直接働きかける作用はなく、“症状の改善”と“生存率の改善”は異なる概念です。

その点で、スピロノラクトンのように心筋の線維化やRAAS活性に働きかけ、疾患そのものの進行を食い止める作用がある薬剤こそが、
「予後改善薬」としての価値を持つのです。


運命を変えた1999年 ― RALES試験の衝撃

1999年。
心不全治療の歴史に残る大事件が起こります。

RALES試験(Randomized Aldactone Evaluation Study)
重症の慢性心不全(HFrEF)患者にスピロノラクトンを追加したところ…

  • 全死亡リスク:30%減少

  • 心不全による入院:35%減少

という、まさに衝撃的な結果が報告されたのです。

当時、スピロノラクトンは「カリウム保持性利尿薬のひとつ」としか見られていませんでした。
その薬が“命を救う薬”として脚光を浴びたのです。


そして2021年 ― 正式に「心不全の柱」に

長らく“地味な存在”だったスピロノラクトンが、ついに主役に返り咲いたのは2021年。

日本循環器学会・日本心不全学会合同ガイドラインで、
スピロノラクトン(およびエプレレノン)は**HFrEF治療の基本薬(クラスI)**として正式に位置づけられました。

現在の心不全治療の4本柱は以下のとおり:

  • β遮断薬

  • ACE阻害薬/ARB

  • MR拮抗薬(スピロノラクトン/エプレレノン)

  • SGLT2阻害薬

そのうちの1つにまで昇格したわけです。


エプレレノンとの違いは?使い分けは?

近年は「選択的MR拮抗薬」であるエプレレノンも広く使用されるようになりました。
スピロノラクトンとの主な違いは以下の通りです。

  • 登場時期
    スピロノラクトンは1959年に登場した“元祖MR拮抗薬”。
    エプレレノンは2002年に登場した比較的新しい薬です。

  • MR(ミネラルコルチコイド受容体)選択性
    スピロノラクトンは他の受容体にも作用するため、選択性が低く副作用が出やすい傾向があります。
    エプレレノンは選択性が高く、ホルモン関連副作用が少ないのが特長です。

  • 副作用(男性化作用)
    スピロノラクトンは乳房痛・女性化乳房などの副作用が報告されることがあります。
    エプレレノンではこれらの副作用は少ないとされています。

  • ガイドライン上の推奨
    いずれも同等に**心不全の基本薬(クラスI)**として推奨されており、どちらを選んでもエビデンスは確立されています。

  • 価格とエビデンスの蓄積
    スピロノラクトンの方が薬価が安く、RALESをはじめとする長年の臨床経験とデータが豊富です。

副作用や併用薬の兼ね合いで選択されますが、スピロノラクトンのほうが薬価が安く、歴史的なエビデンスも豊富です。


まとめ ― 「浮腫をとる薬」から「命を救う薬」へ

スピロノラクトンは、
かつては“地味な利尿薬”にすぎませんでした。
しかしRALES試験が明らかにしたのは、その薬が心不全の予後を大きく改善するという事実。

今では、心不全治療の基本中の基本として、教科書に載る薬となりました。

「古いから信用できない」
そう決めつける前に、その薬の“再評価の物語”を知ってみませんか?


よくある質問(FAQ)

Q. スピロノラクトンはすべての心不全に使えるの?
→ 主に**収縮能が低下した心不全(HFrEF)**で推奨されています。

Q. 高齢者に使っても大丈夫?
→ 高カリウム血症リスクに注意が必要ですが、腎機能とK値を見ながら調整すれば使用可能です。

Q. フロセミドはだめなの?
“予後改善”のエビデンスはありませんが、症状緩和には非常に有効です。併用されることが一般的です。

|最後に|

この記事が「役に立った」「面白かった」と感じたら、 ぜひ『いいね👍』で応援いただけると励みになります。
ヤクマニドットコムでは、薬の歴史・開発背景・治療戦略の変遷を通じて 薬剤師・薬学生のみなさんの「深い理解」をサポートしています。
今後も「薬の物語」を一緒にたどっていきましょう。

編集者のXをフォローして、新着記事情報ををチェック✔
|最後に|
この記事が「役に立った」「面白かった」と感じたら、『いいね👍』してね!
編集者のXをフォローして、新着記事情報ををチェック✔
|編集者|
ヤクマニ01

薬剤師。ヤクマニドットコム編集長。
横一列でしか語られない薬の一覧に、それぞれのストーリーを見つけ出します。
Xで新着記事情報ポストするので、フォローよろしくお願いします✅️
noteで編集後記も書いてるよ。

ヤクマニ01をフォローする
心不全
※本記事は薬学生および薬剤師など、医療関係者を対象とした教育・学術目的の情報提供です。医薬品の販売促進を目的としたものではありません。
※本記事は薬学生および薬剤師など、医療関係者を対象とした教育・学術目的の情報提供です。医薬品の販売促進を目的としたものではありません。
シェアする

コメント