はじめに
BPSD(認知症に伴う行動・心理症状)の治療において、抗精神病薬はしばしば“必要な選択”になります。
暴言、興奮、介護拒否、不眠――本人だけでなく、家族や介護職を守るためにも、薬は確かに力を発揮してくれます。
しかし、「薬が効いているように見えるとき」こそ、薬剤師の目が問われます。
その“穏やかさ”は、症状が改善した結果なのか? それとも、副作用で反応が鈍くなっているのか?
この記事では、薬剤師が**「抗精神病薬が効いているかどうかの判断」と「副作用の天秤」**をどう捉え、
どんな場合に継続し、どんな場合に医師に報告・相談すべきかを整理します。
抗精神病薬はBPSDにとって必要な治療手段
抗精神病薬は、統合失調症や躁状態の治療薬として知られていますが、BPSDに対しても医師の裁量で適応外使用されることがあります。
リスペリドン、クエチアピン、アリピプラゾールなどが代表例です。
暴力的言動、不眠、興奮、介護拒否が続く中で、抗精神病薬の使用は患者の安全確保と介護負担の軽減に直結することが多く、
現場では実際に「この薬で助かった」と感じる場面も少なくありません。
薬剤師としては、処方の背景と意義を理解しておくことが求められます。
「効いている」とはどう判断するか?
抗精神病薬の効果は、血圧や血糖のように数字で評価できるものではありません。
けれど、「この薬は効いている」と判断できる生活上のサインは、たしかにあります。
重要なのは、薬を使うことで、生活全体が好転しているかどうかをチームで共有すること。
特に介護職との連携がカギになります。
効果を示す具体的なポジティブな目安
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介護拒否が減り、ケアへの協力的な姿勢が戻ってきた
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暴言・暴力などの不穏行動が、以前より頻度・強度ともに減ってきた
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夜間の覚醒や徘徊が減り、6〜8時間のまとまった睡眠が取れている
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会話への反応が良くなり、表情や笑顔が戻ってきた
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周囲の声かけや支援に、穏やかに応じられるようになってきた
数値的な観察目安(非公式)
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「暴言:毎日 → 週1〜2回に減少」
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「夜間覚醒:3回 → 1回程度」
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「会話:発語なし → 1日5回以上に改善」
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「入浴拒否:頻回 → 週1でスムーズに」
こうした変化はスコア化されないまでも、日々の行動を“比較できる情報”として言語化することで、効果の確認につながります。
介護職との連携の重要性
薬剤師は、「怒らなくなった」「穏やかになった」という表面的な印象をそのまま鵜呑みにせず、
「どんな場面で落ち着いたと感じたか」「以前と比べて何が変わったか」など、変化の本質を掘り下げて確認する役割があります。
「表情が戻った」「会話が増えた」――そんな“らしさ”の回復こそが、薬の効果を見極めるうえでの確かなサインです。
BPSD治療で見逃しやすい副作用と“天秤のバランス”
抗精神病薬は、効果と同時に副作用も伴います。薬剤師はそのリスクと“天秤”にかけて、総合的に評価する必要があります。
特にBPSDにおいて注意すべき副作用は以下の通りです。
眠気と過鎮静の違い
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眠気は一時的な傾眠傾向で、声をかければ目を覚まし、活動に復帰できることが多いものです。
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一方、過鎮静は中枢が深く抑制され、呼びかけに反応が鈍く、1日中ぼんやりとした状態が続きます。
眠気は“副作用の予兆”、過鎮静は“生活機能の低下”そのものと理解しておくと、見極めの助けになります。
過鎮静→転倒→誤嚥の連鎖
過鎮静状態では、判断力や姿勢保持が低下します。これにより転倒リスクが高まり、その転倒により骨折が生じ、寝たきりにつながります。
さらに、過鎮静や筋緊張低下は、嚥下機能の低下や咳反射の鈍化を招き、結果として誤嚥性肺炎のリスクも上昇します。
その他の代表的な副作用
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ふらつき・転倒:姿勢保持や歩行時のバランスが不安定になり、事故の原因に。
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誤嚥・むせ:嚥下反射の低下により、肺炎や食欲低下につながる。
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感情表現の消失:“怒らない”“しゃべらない”“笑わない”状態になり、QOLが著しく低下。
命に関わるリスクとしての「ふらつき・誤嚥・過鎮静」
これらの副作用は、軽微に見えても高齢者においては命に関わることがあります。
たとえば、大腿骨近位部骨折は高齢者の予後に深く関係しており、
厚労省の統計では、骨折後の1年後死亡率は15〜25%、**寝たきり率は約40%**にものぼるとされます。
また、誤嚥性肺炎は日本における高齢者の死亡原因の第3位。
65歳以上の肺炎死亡のうち7割以上が誤嚥性肺炎です。
さらに、抗精神病薬の使用は死亡率自体にも影響を及ぼすという報告も。
JAMAに掲載された観察研究では、抗精神病薬使用者の6か月死亡率が非使用者の1.5〜2倍になるというデータも示されています。
薬剤師がとるべき判断:継続か? 医師に報告か?
抗精神病薬の使用中において、薬剤師が「このまま継続して良いのか、それとも医師に相談すべきか」を見極める判断軸は、生活のなかに表れます。
たとえば、不穏や興奮が明らかに軽減し、患者本人が以前と変わらず表情を見せ、会話を交わし、食事をとり、日中も活発に過ごしているようであれば、薬の効果が適切に現れており、継続して様子を見るのが妥当です。
一方で、眠気が1日中続くようになっている、反応が鈍く、表情が消えてきた、食事中にむせが増えたなどの変化があれば、過鎮静や嚥下機能の低下が疑われます。
さらには、転倒歴がある、最近ふらつきが目立つ、といった兆候は、“薬の影響による連鎖”が始まっているサインかもしれません。
薬剤師はこうした観察をもとに、「副作用が心配です」ではなく、「むせが増え、表情が乏しくなっています」「転倒があった後、日中はほとんど寝ているようです」といった具体的な言葉で、医師やチームに共有していくことが求められます。
まとめ:薬剤師は“継続支援の伴走者”
抗精神病薬は、BPSDに苦しむ本人と支える人々にとって、大切な選択肢です。
薬剤師の役割はその選択を否定することではなく、
“効いている”ことを評価し、“効きすぎていない”ことを見抜くこと。
薬剤師が見るべきは数値ではなく、生活。
その中で失われつつある“らしさ”に気づき、それを言語化してチームに伝える。
それが、薬物療法を安全に継続するための、薬剤師の最大の役割です。
読者への問いかけ
あなたの薬局でも、抗精神病薬を使用しているBPSDの方はいませんか?
その方の「穏やかさ」は、効果ですか? それとも副作用ですか?
次の訪問で、あなたは何を観察し、どう行動しますか?
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