“使いやすさ”の正体を探ると、薬剤師の介入ポイントが見えてくる
はじめに
「最近アリピプラゾールが使われてるけど、これって認知症に向いてるの?」
在宅や施設で働く薬剤師がよく耳にする問いかけです。
認知症の行動・心理症状、いわゆるBPSDに対して、アリピプラゾールは保険適応外であるにもかかわらず、実臨床では意外とよく使われています。リスペリドンやクエチアピンと並んで検討されることもあり、“使いやすい”とされることもあるのですが、それには理由があります。
今回はその背景を薬理学的視点や現場での使われ方を通して整理し、薬剤師としての理解や説明のヒントになる内容をお届けします。
“使いやすい”と言われる理由
アリピプラゾールは、抗精神病薬としてはやや異色の存在です。
ドパミンD₂受容体に対する作用が「部分作動薬」である点が最大の特徴で、ドパミンが過剰な部位ではブロック的に、逆に不足している部位ではわずかに刺激するような、“調整役”のような働きをします。
加えて、セロトニン5-HT1A受容体への刺激作用や5-HT2A受容体の遮断作用も併せ持ち、抗不安・抗幻覚作用にもバランスよく影響します。
このような薬理作用の結果として、他の抗精神病薬と比べて過鎮静が起きにくく、日中の活動性を保ちやすいという利点があります。
「落ち着かせるけど、ぼーっとさせない」
そのニュアンスが、在宅医療や介護施設で“使いやすい”とされる最大の理由です。
“使いやすい”の正体は、ある企業の“逆張り”から生まれた
アリピプラゾールが“使いやすい”とされる理由は、副作用の少なさや薬理学的な特性だけではありません。
実はその背景には、「あえて常識に逆らう」という、大塚製薬の開発哲学が深く関わっているのです。
時は1988年。徳島に本拠を構える大塚製薬が、あるひとつの開発コードに命を吹き込みました。
OPC-14597――のちに「アリピプラゾール」と呼ばれることになる薬です。
当時の抗精神病薬は、“とにかくドパミンを遮断する”という強力な作用が主流でした。
幻覚や妄想は抑えられるが、同時に錐体外路症状や無気力などの副作用がつきまとう。
「これは本当に“その人を助ける薬”になっているのか?」
彼らが目指したのは、完全に遮断しない薬、つまり“部分作動薬”という新しい概念。
ドパミンが過剰な部位では抑え、不足する部位ではわずかに刺激する。“整える薬”という、新しい立ち位置。
大塚製薬という“異端の開発者”
大塚製薬は、「独自路線」と「生活者視点」を貫く企業です。
“ポカリスエット”や“ソイジョイ”に象徴されるように、薬だけでなく「生活全体を整える」という思想を持っています。
医薬品開発でも「効くだけでなく、その人のQOLを支える」ことに重きを置いています。
さらに、舞台は徳島。
東京や大阪の中心地ではなく、あえて地元にとどまりながら世界と戦うという、ぶれない開発姿勢。
それが、この薬を世界に送り出した力になったのです。
世界で売れるまでの、長く静かな闘い
アメリカでは当初、「作用が弱い」「インパクトがない」と評価されませんでした。
それでも、地道なデータの積み重ねと生活者視点が評価され、2002年にFDAが承認。
“Abilify”という名で販売され、のちに双極性障害・うつ病・自閉スペクトラム症へと適応を拡大。
2013年には、IMS Health調べで世界医薬品売上ランキング1位
日本発の抗精神病薬が、世界を制した瞬間でした。
いま、薬局で見かける“その錠剤”には
アリピプラゾールは、いまや在宅や施設で“使いやすい薬”として、薬剤師の視界にふつうに現れる薬になっています。
けれどその1錠には、
「患者のQOLを守る薬を、日本から世界へ届けたい」
という静かな執念が、確かに刻まれているのです。
実際の現場での使われ方
アリピプラゾールは、統合失調症や双極性障害、うつ病などに対しては正式な保険適応がありますが、BPSDへの適応はありません。つまり、使用される場合はすべて適応外ということになります。
それでもなお、リスペリドンで強く鎮静が出てしまった、クエチアピンではふらつきが心配だったといった、“次の選択肢”として検討されることがあります。
とくに怒りっぽさや興奮が目立ち、介護職や家族が困っているような場面で、「副作用が少なければ試してみよう」と医師が判断するケースが見られます。少量(1〜3mg程度)から始められることが多く、反応が良ければ継続使用されることもあります。
他の薬とどう違うのか
現場では、BPSDに対してまずリスペリドンやクエチアピンが検討されることが多い印象です。
リスペリドンは、現在も含めてBPSDに対する保険適応は存在しません。つまり、使用される場合はすべて適応外使用です。
それでも、過去の使用実績や有効性に関する知見が積み重なっており、とくに攻撃性や興奮の強いケースでは臨床的に使用されることが多くなっています。比較的速効性があり、少量から開始できることも理由の一つです。
クエチアピンは、眠気やふらつきが出やすい一方で、リスペリドンよりもマイルドな印象があり、夜間の不穏などに対して用いられることがあります。
その中でアリピプラゾールは、過鎮静が起きにくく、眠気やふらつきの副作用も少なめとされますが、即効性に乏しく、効果発現には2週間以上かかることもあります。そうした特徴を理解しておくことが、評価のタイミングや服薬指導に大きく関わってきます。
介護職と薬剤師の連携がカギになる
――“過鎮静”と“眠気”を区別する目
アリピプラゾールのように、効果が穏やかで副作用も目立ちにくい薬では、患者の変化を誰が最初に気づけるかがカギになります。 その役割を担っているのが、日々の生活をともにしている介護職であり、その変化を薬学的に読み解く薬剤師です。
とくに重要なのが、「眠気」と「過鎮静」の違いを理解し、それぞれに応じた対応ができるかどうかです。
眠気とは、単にウトウトしたり、昼寝の時間が増えたりといった、比較的軽度で一過性の状態を指します。食後にまどろむ、会話中に少し反応が鈍いといった場面も見られますが、基本的には話しかければ返事があり、活動性も残っています。
一方で過鎮静は、それよりも深刻です。 反応が鈍くなり、声をかけても返答に時間がかかる。表情が乏しく、動作もゆっくりで、場合によっては自力歩行が不安定になることもあります。こうした状態が「眠気」として片付けられてしまうと、転倒や誤嚥といったリスクに気づけない可能性があります。
そこで薬剤師としては、訪問時に次のような視点を介護職と共有しておくと効果的です。
たとえば、こんな会話が現場で生まれると理想的です。
「最近、飲んだ後に眠そうになる時間帯ってありますか?」
「そうですね、午後になるとちょっとボーッとしてる感じはあります。でも呼べばすぐ返事しますよ」
「それなら今のところ“過鎮静”というほどではなさそうですね。もう少し様子を見ていきましょう」
薬の説明だけでなく、「何を観察するか」までセットで伝えられると、現場の安心感がぐっと高まります。
現場での伝え方のヒント
ケアマネジャーや介護職に対して、薬剤師が説明する機会も多いと思います。 そんなときは、次のようなトーンで話すと伝わりやすいかもしれません。
「このお薬は、すぐに効くタイプじゃないんですけど、だんだん落ち着いてくるのを目指して使われることがあります。あまり眠くならないぶん、日中の活動が保ちやすいのが特徴ですね。なので、もしイライラする場面が減ってきたとか、夜ぐっすり眠れているようなら、教えていただけるととても助かります。」
医師の処方意図と薬の特性を多職種に橋渡しする――それが、BPSD対応における薬剤師の大事な役割です。
まとめ
アリピプラゾールは、BPSDにおいて「向いている薬」ではなく、「状況によって選ばれることがある薬」です。
即効性がなく、効果が出るまでに時間はかかるものの、そのぶん過鎮静のリスクが低く、生活の質を保ちたい患者さんに適しているケースもあります。
薬剤師としては、薬理的な特徴や使用意図をしっかり理解し、患者や家族、介護職の不安に応える説明力を持っておきたいところです。
あなたの薬局では、アリピプラゾールがBPSDに処方された場面を経験したことがありますか? 「なぜこの薬だったのか?」という視点で振り返ってみると、薬剤師としての視野がグッと広がります。
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