“地味な古株”だった免疫調整薬が、“飲み薬のエース”になるまでの物語
かつて名もなき控え選手だった薬たちへ
時代は2000年代のはじめ。
潰瘍性大腸炎という難病に、次々と“希望の星”が現れはじめていました。
5-ASA、ステロイド、そしてバイオ製剤たち。
でもその一方で、どうしても主役になりきれなかった薬たちもいたのです。
免疫調整薬。アザチオプリン、6-MP、タクロリムス、シクロスポリン……。
使えるけれど、難しい。
効くけれど、遅い。
頼れるけれど、ちょっと怖い。
そんな理由から、彼らは“仕方なく使う薬”として、ひっそり控えに回されていきました。
けれど――!
いま、この“地味な古株”たちが、ふたたび脚光を浴びようとしているのです。
しかも今度は、堂々と“飲み薬のエース候補”として!
潰瘍性大腸炎治療における“静かなる革命”。
その物語が、いま再び始まろうとしています。
絶望の時代と、免疫調整薬の誕生
かつての潰瘍性大腸炎治療は、本当に限られていました。
5-ASAが効かなければ、あとはステロイドのパルスか、外科手術か。
再燃を防ぐ術はほとんどなく、患者さんたちは不安と共に毎日を過ごしていたのです。
そんな中に登場したのが、チオプリン系免疫調整薬。
アザチオプリンや6-メルカプトプリンは、効果が出るまでに少し時間はかかるものの、寛解の維持にとても役立ちました。
2000年代前半には、“バイオ薬以前の希望”として、多くのガイドラインに記載され、維持療法の柱になっていったのです。
でも、彼らには避けられない問題がありました。
骨髄抑制、肝障害、膵炎などの急性毒性――さらには発がんリスク。
若い患者さんへの使用には、いつだって慎重にならざるを得ませんでした。
やがてその印象は、「古くて重たい薬」から、「なるべく使いたくない薬」へと変わっていったのです。
バイオ製剤の衝撃と、影に追いやられた薬たち
2009年、日本でレミケード®(インフリキシマブ)が潰瘍性大腸炎への適応を取得。
炎症の司令塔・TNF-αをピンポイントでブロックするその威力は圧倒的で、「バイオの時代」の幕が開きました。
アダリムマブ、ゴリムマブ、ベドリズマブ……。
次々と登場する新たなバイオ製剤により、UC治療の景色はガラリと塗り替えられていきました。
一方で、免疫調整薬は次第に“バイオが使えないときの選択肢”というポジションに。
「副作用が多くて、効果も遅い」「できれば使いたくない」――そんな評価が、現場での常識となってしまったのです。
飲み薬で“攻められる時代”が始まった ― トファシチニブの登場(2018年)
2018年5月。
静かに、でも確実にUC治療に革命を起こす薬がやってきました。
それがトファシチニブ(ゼルヤンツ®)です。
JAK1/3を阻害するこの薬は、なんと導入から1〜2週間で効果を判定できる速さを持ち、医療現場を驚かせました。
「飲み薬でここまで攻められるのか!」と、思わずニヤリとするような速効性。
もちろん、血栓、帯状疱疹、脂質異常といった副作用リスクもあります。
ですが、それも含めてきちんとモニタリングすれば、“経口薬で攻める”という新たな時代が本当にやってきたのです。
免疫調整薬の歴史が、ここから再び回り始めました。
特化型・安全志向 ― フィルゴチニブの設計思想(2022年)
そして2022年3月、もうひとつの革命が登場します。
フィルゴチニブ(ジセレカ® / 2020年に関節リウマチで承認、2022年にUCに適応追加)です。
この薬のすごいところは、JAK1を選択的にターゲットにし、副作用の原因となりやすいJAK2やJAK3への作用を抑えている点。
つまり「効かせるところにだけ効かせる」ように作られているんです。
JAK1選択的阻害薬で、もともと関節リウマチ治療薬として登場しましま。その後、中等症~重症の潰瘍性大腸炎に対しても適応が拡大され、安全性を意識したUC治療の新しい選択肢として注目されています。
速さはトファシチニブよりもやや穏やかですが、安全性や継続性を重視したバランス型。
「高齢の患者さんや、持病の多い方にも使いやすい」と、現場での評価も高まっています。
革命の第三波 ― ベルスピティ(エトラシモド)、2025年の参入
そして、いよいよ2025年6月。
新たなる刺客、ベルスピティ錠(エトラシモド)がやってきます!
この薬、なんとJAK阻害薬ではありません。
まったく異なるメカニズム――S1P1受容体モジュレーターとして、リンパ球が腸へ集まるのを“通せんぼ”して炎症を抑えるという新発想。
「炎症の現場に免疫細胞を行かせない」――これまでとは一線を画したアプローチです。
1日1回の経口投与、腸粘膜に選択的に作用し、全身への影響を極力抑える。
2023年10月にアメリカでVelsipityとして承認され、日本でもいよいよその姿を現そうとしています。
「JAKが効かないときの次の一手に」
「注射はイヤ!という患者さんのために」
ベルスピティは、“次世代のエース候補”として満を持して登場します。
薬剤師はどう向き合うべき?
免疫調整薬が再び脚光を浴びた今、薬剤師の関わり方にもアップデートが求められています。
大切なのは、「怖いから使わない」ではなく、「どんなリスクがあり、それをどう伝え、どう支えるか」という視点です。
トファシチニブには血栓や帯状疱疹。
フィルゴチニブには感染症や肝障害。
ベルスピティには徐脈や肝機能変化など――。
それぞれの薬に、それぞれの顔があり、それを見抜いて支えるのが薬剤師の腕の見せどころです。
「飲めるかな?」「続けられるかな?」
生活背景を踏まえた支援、服薬アドヒアランスの確保、タイミングや説明の工夫――
薬剤師にしかできない支援が、ここにはたくさんあります。
これは、終わりではなく始まりです
かつて、免疫調整薬は「できれば使いたくない薬」と思われていました。
でも今ではどうでしょう?
バイオに迫る効果、進化したメカニズム、選べる選択肢。
もう彼らは、地味な古株でも、控えの存在でもありません。
これからのUC治療を支える“本命の一手”として、華麗に再登場しています。
私たち薬剤師は、その姿を見守るだけでなく、
その薬が「意味のある武器」になるよう、支えていく存在でありたいのです。
そう――
これは薬の物語であり、私たち薬剤師自身の物語でもあるのです。
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