日本の2型糖尿病治療において、スルホニルウレア薬(以下、SU薬)は半世紀以上にわたり中心的な役割を果たしてきました 。本記事では、SU薬の第1世代から第3世代までの代表的な薬剤とその承認時期、承認の背景(臨床ニーズや研究開発経緯)、各時代における糖尿病治療での位置づけ、世代間の薬理学的違い(作用時間、選択性、副作用など)、他の経口糖尿病治療薬との比較、SU薬の臨床的意義や適応患者像、使用上の課題(低血糖や心血管イベントリスク等)、そして現代のガイドラインにおけるSU薬の位置づけについて、薬剤師の視点から詳しく解説します。
SU薬の概要と作用機序
SU薬は経口血糖降下薬の中で最も古い歴史を持ち、1950年代に初めて実用化されて以来、現在でも使用されている薬剤群です 。インスリン分泌能が残存する2型糖尿病患者に有効で、膵臓のランゲルハンス島β細胞上のSU受容体(ATP感受性K⁺チャネルのSUR1サブユニット)に結合し、このチャネルを閉口させることでインスリン分泌を促進します 。食事療法・運動療法のみでは十分に血糖コントロールできない症例に対して、血糖値に非依存的に強力なインスリン分泌促進作用を示すことが特徴です 。この作用は血糖値の高さにかかわらず生じるため、SU薬単独では低血糖を起こしうる点に注意が必要です 。
歴史的に、SU薬の登場によりインスリン注射以外で血糖を下げる「飲み薬」が初めて可能となりました。以降、開発時期に応じて第1世代・第2世代・第3世代に分類され、それぞれ薬効の強さや副作用プロファイルが異なります 。まず各世代ごとの代表薬とその承認・使用の経緯を振り返り、その後に世代間の特徴や他剤比較、現在の位置づけについて述べます。
第1世代SU薬:黎明期(1950年代~1960年代)
代表薬と承認時期: 第1世代SU薬にはトルブタミド(商品名ラスチノンなど)やアセトヘキサミド(商品名ジメリン)などが含まれます 。世界初のSU薬はカルブタミド(開発コードBZ55)で、1955年にドイツでSulfonamide系化合物の試験中に低血糖作用が発見されました 。日本でも翌1956年には早くもカルブタミド(インベノール)が承認され試験的に使用され始めています 。しかしカルブタミドは造血器障害など副作用が問題となり、その後より安全な類縁薬の開発が進められました 。1957年にはトルブタミドが日本で承認・発売され(1956年11月に承認、1957年3月発売) 、以降これが第1世代SU薬の代表として広く用いられるようになります。またクロルプロパミド(商品名ダイアベニーズ)やアセトヘキサミド等も1960年前後までに順次実用化されました 。
承認の背景と臨床上のニーズ: インスリン発見(1921年)以来、糖尿病治療は主にインスリン注射と食事・運動療法に頼っていました 。経口薬への期待が高まる中で登場したSU薬は、「飲むインスリン」とも称される画期的な治療選択肢でした 。とくに当時は毎日何度も注射が必要なインスリン療法に代わる手軽な手段として、内服可能なSU薬の価値は非常に高かったのです 。1950年代後半、日本の糖尿病臨床医や患者は有効な経口薬を渇望しており、そのニーズに応える形でトルブタミドなどが導入されました 。初期の使用法は現在から見ると大胆で、カルブタミド導入当初は初日に大量投与し徐々に減量するという方法(例:初日3g、2日目2g、3日目以降1g)さえ試みられたと報告されています 。それほどまでに「確実に効く経口薬」を求めた時代背景がありました。
当時の糖尿病治療における位置づけ: 1960年前後にSU薬(第1世代)とビグアナイド系薬(フェンホルミンやメトホルミン)が相次いで発売されて以降、約30年間にわたり糖尿病薬物療法の選択肢は主にこれら経口薬とインスリンに限られていました 。第1世代SU薬は、とくにインスリン非依存型(成人型)糖尿病の基本薬として定着し、食事療法・運動療法で不十分な患者に広く処方されました。当時は肥満の少ない日本人2型糖尿病患者が多かったこともあり、膵臓からのインスリン分泌を促すSU薬は理にかなった治療と考えられていました 。一方で、トルブタミドなど初期のSU薬は効果が比較的マイルドで作用時間も短めであったため(※クロルプロパミドのみ作用時間が非常に長かった)、十分な血糖降下効果を得るには1日数回の服用や比較的大きな用量が必要でした 。また、当初から低血糖の副作用は認識されており、安全に使いこなすための用量調節や患者指導が重要視されるようになりました 。
第1世代薬のその後: 第1世代SU薬は1960年代には標準治療となりましたが、その後登場する改良型の薬剤に置き換わり、現在ではほとんど使用されなくなっています 。トルブタミドなどは薬理学的には重要な先駆者でしたが、新規処方は減少し、21世紀現在では臨床で目にする機会は稀です 。
第2世代SU薬:効果の強化と普及(1970年代~1980年代)
代表薬と承認時期: 第2世代SU薬として代表的なのはグリベンクラミド(glibenclamide、海外名グリブリド。商品名オイグルコン、ダオニールなど)およびグリクラジド(商品名グリミクロン)です 。グリベンクラミドはドイツで1969年に開発され、日本では1970年代初頭に導入されました(オイグルコン2.5mg錠は1971年に承認) 。グリクラジドはフランスのセルヴィエ社で創製され、日本でも1980年代に住友ファーマから発売されています(※グリクラジドは1966年特許、1972年に世界初承認) 。また米国で開発されたグリピジド(商品名グルコトロール)は日本では積極的に使われませんでしたが、作用の近いグリクラジドがその役割を果たしました。第2世代薬は少量で強力な血糖降下作用を示すことが特徴であり、第1世代に代わって主流となりました 。
開発の背景: 第2世代SU薬が開発された目的は、より少ない用量で確実かつ持続的な血糖降下効果を得ることでした 。第1世代薬では十分な効果を得るために1日1g以上の投与が必要なケースもありましたが、第2世代のグリベンクラミドは1日わずか数mgで強力なインスリン分泌刺激が可能となりました 。薬理学的には、これら後発化合物はSU受容体への結合力が高まり、インスリン分泌刺激の効率が向上しています。その結果、患者の服薬負担(錠数)が減りアドヒアランスが改善すると期待されました。またグリベンクラミドはクロルプロパミドほど極端に長い半減期ではないものの、作用時間が延長され1日1~2回投与で済む点も改良点でした 。一方、副次的には低血糖リスクの増大という課題も伴いました。強力になった分だけ血糖値非依存的にインスリンを過剰分泌させる懸念があり、特に高齢者や腎機能低下患者では慎重な投与が必要です 。実際、グリベンクラミドや第3世代のグリメピリドは活性代謝物が腎排泄型であるため、腎障害時には薬物が体内に蓄積し遷延性低血糖を起こしやすくなります 。その場合には、腎機能に負担の少ないグリクラジドや速効型インスリン分泌促進薬(後述のグリニド系)への変更が推奨されています 。
当時の治療における位置づけ: 1970~80年代の糖尿病治療では、SU薬は引き続き経口薬療法の中心でした 。とりわけ第2世代SU薬の登場以降は、「食事療法・運動療法で目標達成できない2型糖尿病にはまずSU薬を試みる」という処方パターンが確立します。当時、日本ではビグアナイド系メトホルミンは海外ほど普及しておらず(※後述の通り高用量使用に制限があった)、インスリン抵抗性の是正より残存インスリン分泌能の活用に重点が置かれていました 。そのため、痩せ型~中等度肥満の患者にもまずSU薬で膵β細胞を刺激し、血糖降下を図ることが多かったのです 。第2世代SU薬は強力で持続的な効果により多くの患者のHbA1c改善に貢献し、1990年代に入る頃まで経口血糖降下薬の標準的存在でした 。
第2世代薬の特徴: グリベンクラミドは作用が強力な反面、1回の効果が24時間近く持続するため、長時間作用型として位置づけられます 。1日1回投与でも有効ですが、この長時間作用が体重増加を招きやすい点には注意が必要です 。実際、SU薬全般に言えることですが、インスリン分泌促進によって同化作用が高まり、食欲増進・体重増加を起こすことがあります 。それ自体がインスリン抵抗性の悪化要因ともなり得るため、体重管理も並行して指導されました 。グリクラジドはグリベンクラミドよりやや効果がマイルドで、低血糖も若干少ないとされ、日本では高齢者や腎機能低下例にも比較的使いやすいSU薬として位置づけられています 。これら第2世代薬の登場により、第1世代薬(トルブタミド等)は急速に処方の主役から退きました 。
第3世代SU薬:作用改善と安全性の向上(1990年代~現在)
代表薬と承認時期: 第3世代SU薬として知られるのはグリメピリド(商品名アマリール)です 。グリメピリドはドイツで開発され、国際誕生年は1995年とされます 。日本では少し遅れて1999年9月に製造承認を取得し、2000年前後から使用可能となりました 。グリメピリドは現在、SU薬として国内で最も多く処方されている薬剤です 。第3世代SU薬に分類されるものは他にありませんが、作用機序が類似する速効型の「グリニド系」(後述)や、インスリン分泌促進と抵抗性改善の二重作用を持つ新規経口薬イメグリミン(2021年発売)なども、広義には同時代に登場した関連薬と言えます。
開発の背景: 第3世代の開発目標は、副作用リスクを低減しつつ膵β細胞以外への作用も付加することにありました 。グリメピリドはそれまでのSU薬と比べてインスリン分泌作用がマイルドであり、低血糖を起こしにくくなるよう工夫されています 。さらに重要なのは、インスリン抵抗性改善作用を持つ点です 。具体的には、グリメピリドは筋肉や脂肪組織でのインスリン感受性を高め、糖取り込みを促進する作用が報告されています 。このため、インスリン分泌能が低下しやすい日本人の2型糖尿病患者において再評価され、**「膵臓を酷使しないSU薬」**として注目されました 。実際、グリメピリドは従来薬に比べて体重増加の副作用が少ないとの報告もあり、過度な空腹時低血糖による過食を招きにくい利点があります 。
作用と安全性の特徴: グリメピリドは作用発現が穏やかで、必要最小限のインスリン追加分泌を促すとされています 。最大作用時間はおおよそ24時間以内ですが、第2世代ほど強く持続するわけではなく、低血糖リスクは相対的に低減しています 。それでもなおSU薬である以上、低血糖への注意は不可欠です。特に高齢者では、国内ガイドライン上**「使用する場合はできるだけ少量にとどめる」**ことが推奨されており、グリメピリドは0.5mgという極少量から開始し、最大でも1mg/日程度までに調整することが推奨されています 。実際の調査でも、65歳以上の患者の25%にグリメピリド過量処方(推奨上限超え)が見られたとの報告があり、適正使用が課題となっています 。
第3世代薬の臨床的位置づけ: 2000年代以降、新規の糖尿病薬が数多く登場しましたが、グリメピリドは現在でも一定の役割を維持しています。特に、少量のSU薬を他の経口薬と併用する治療が一般化しており、グリメピリドはDPP-4阻害薬やSGLT2阻害薬などとの併用療法でしばしば用いられます 。現時点でSU薬はグリメピリドを中心に処方されており、ある調査では日本の高齢2型糖尿病患者でSU薬が処方されている場合、その内訳はグリメピリド80.1%、グリクラジド16.3%、グリベンクラミド3.6%と報告されています 。このように第3世代薬へのシフトが進み、第2世代のグリベンクラミドは高齢者では使用を控えるべき薬と位置づけられるに至っています 。一方で、グリメピリドも長期使用すれば膵β細胞機能低下による二次無効が起こり得る点は変わりません 。そのため、インスリン分泌能力が枯渇してきた場合にはインスリン治療への移行や他剤追加が検討されます 。
世代間の薬理学的な違い
SU薬の第1~第3世代間には、薬理学的特性にいくつかの違いがあります。以下に主要な相違点をまとめます :
- 代表薬と効果の強さ: 第1世代(トルブタミド、アセトヘキサミド等)は効果が穏やかで大量投与が必要でした。一方、第2世代(グリベンクラミド、グリクラジド等)は少量で強力な血糖降下作用を示し、第3世代(グリメピリド)は作用がマイルドに調整されています 。
- 作用持続時間: 第1世代は薬剤により作用時間がまちまちでした(例:トルブタミドは短時間、クロルプロパミドは超長時間)。第2世代の多くは**長時間作用型(6~24時間程度)**であり、1日1回投与でも持続効果があります 。第3世代のグリメピリドも長時間作用しますが、追加分泌作用が緩徐で低血糖が持続しにくいよう工夫されています 。
- 受容体選択性: いずれも膵β細胞のSUR1受容体に作用しますが、心筋や血管平滑筋に存在するSUR2への作用は薬剤により異なります。従来のSU薬(特に第1・2世代)はSUR2A/Bにも結合しやすく、心筋虚血時のプレコンディショニング阻害が懸念されました 。グリメピリドやグリニド系は心筋SUR2に作用しにくいため、冠血流への悪影響が少ないと考えられています 。
- 副作用プロファイル: いずれの世代も最大の注意点は低血糖です。第1世代は効果が弱い分低血糖は少なめでしたが、高用量が必要なため起これば重症化しうるものでした。第2世代は強力なため低血糖リスクは相対的に上昇しました 。特にグリベンクラミドは腎機能に依存した排泄ゆえ、高齢者では低血糖が長引きやすいです 。第3世代グリメピリドは低血糖頻度を減らす工夫がなされていますが、それでも高齢者では0.5~1mgまでの少量使用が推奨されます 。また、体重増加傾向は第2世代が最も顕著で、第3世代ではやや少ないとされます 。加えて、クロルプロパミド(第1世代)にはADH様作用による低Na血症やアルコール摂取時の顔面紅潮など独特の副作用も知られていましたが、こうした副作用は世代交代により実質的に解消されました。
以上のように、世代が進むごとに**「効果の強さ」と「安全性」のバランス**が改良されてきたことが分かります 。第1世代は歴史的意義が大きいものの現在の実臨床での出番はなく、第2世代は有効性で第3世代に劣らないものの安全性面から高齢者では忌避され、第3世代が事実上SU薬の標準となっています 。
他の経口糖尿病治療薬との比較
SU薬以外にも、2型糖尿病の経口治療薬は多数存在し、それぞれ作用機序や利点・欠点が異なります。ここでは主な薬物クラスについて、SU薬との比較を中心に概観します。
- ビグアナイド系(BG薬:メトホルミン、ブホルミン): 膵臓には作用せず、肝臓での糖新生抑制や末梢でのインスリン感受性改善によって血糖を下げる薬です 。低血糖を起こしにくい点がSU薬との大きな違いで、体重も増加しにくいため肥満を伴う2型糖尿病に有用です 。欧米では2型糖尿病の第一選択薬と位置づけられ、長期予後改善効果(UKPDSでのメトホルミン群の良好な結果)が示されています。一方で、副作用に乳酸アシドーシスのリスクがあり、特に腎障害や高齢者では注意が必要です。日本では長年、安全策としてメトホルミン最大量が1日750mgに制限されていましたが、2010年に2250mgまで増量が認可されました 。以降メトホルミン使用は拡大していますが、腎障害時は禁忌である点など制限があります。SU薬と比較すると、メトホルミンは単独では低血糖の心配が少なく、体重減少/中立効果や心血管イベント抑制効果が報告されている点で優れます。ただし、SU薬のように速効的に血糖を大きく下げる作用はなく、HbA1c改善幅はSU薬と同程度かやや劣るとされています。両者は作用機序が異なるため併用もされますが、その際SU薬の低血糖に注意して用量調節する必要があります 。
- 速効型インスリン分泌促進薬(グリニド系:ナテグリニド、ミチグリニド、レパグリニド): SU骨格は持たないもののSU受容体(SUR1)に結合し、食事ごとの追加分泌を促す経口薬です 。服用後15分以内に作用発現し、作用持続は数時間と短いため食直前に内服し食後高血糖を抑制します 。SU薬に比べ吸収・消失が速く、膵臓への負担が少ないとされます 。その分、血糖降下作用はSU薬より弱く、空腹時血糖の改善は期待できません 。したがって「食後高血糖のみが目立つ例」や「糖尿病初期の軽症例」に適した薬剤です 。SU薬との比較では低血糖リスクが低めですが、腎排泄型(特にナテグリニド)のため腎障害時は注意が必要です 。高齢者では安全性の観点からSU薬の代替として使われることもあります。ただしSU薬とグリニド系を併用すると作用機序が重複し低血糖リスクが高まるため、両者の併用は原則避けます 。
- α-グルコシダーゼ阻害薬(α-GI:アカルボース、ボグリボース、ミグリトール): 小腸で二糖類分解酵素を阻害し、糖質の分解・吸収を遅らせることで食後高血糖を穏やかにします 。単独では血糖値を下げ過ぎることはなく、低血糖を起こしにくいと考えられています (※ただしSUやインスリンと併用中に低血糖になった場合はブドウ糖投与が必要です )。SU薬と比べて作用機序が全く異なり、空腹時血糖には影響せず食後高血糖を是正する点に特化しています。糖尿病合併症の予防、とりわけ心血管リスク低減において食後高血糖の抑制が重要との考えから、日本では1990年代後半にこのクラスが積極的に用いられました。副作用としては消化管内での発酵に伴う腹部膨満・放屁などが多く、患者の受容性はまちまちです。SU薬とは補完的な関係にあり、併用療法で相乗効果を狙うことも一般的です。
- チアゾリジン系(TZD:ピオグリタゾン等): 核内受容体PPARγを活性化し脂肪細胞からのアディポネクチン分泌を増加させることでインスリン抵抗性を改善する薬です 。膵β細胞を刺激しないため単独では低血糖を来しにくいです 。肥満やインスリン抵抗性が強いタイプの2型糖尿病に有効で、体重減少やHbA1c長期維持効果に優れるとの報告もあります 。さらに、中性脂肪低下・HDLコレステロール上昇などの作用から、大血管障害(心血管イベント)の二次予防エビデンスも示されています 。一方で、副作用として体重増加、浮腫、心不全増悪のリスクがあり、心疾患や肝機能障害のある患者には禁忌または慎重投与です 。SU薬に比べて効果発現が遅く、浮腫や体重増加がデメリットですが、低血糖がなくβ細胞保護的との見方から、SU薬の代替または補助として用いられてきました。近年は心不全リスクのため使用は減少しましたが、インスリン抵抗性是正薬として一定の位置づけを保っています。
- インクレチン関連薬(DPP-4阻害薬、GLP-1受容体作動薬): インクレチンは食後に小腸から分泌されるホルモン(GIPやGLP-1)で、血糖依存的にインスリン分泌を促進しグルカゴン分泌を抑制します 。DPP-4阻害薬はインクレチンを分解する酵素を阻害し内因性GLP-1を増やす経口薬、GLP-1受容体作動薬はGLP-1を模倣した注射薬です。2009年末に日本で初のDPP-4阻害薬シタグリプチンが承認され、2010年にGLP-1作動薬リラグルチド(皮下注)が登場しました 。これらは血糖値に応じてインスリン分泌を増強するため、SU薬と異なり低血糖のリスクが低いことが大きな利点です 。またGLP-1作動薬は体重減少効果を持ち、心血管イベント抑制効果(例えばリラグルチドやセマグルチドで示された主要心血管イベント減少)が報告されています 。DPP-4阻害薬は日本で非常に広く使われており、SU薬からのスイッチ例も多く見られます。SU薬と比較すると、低血糖が少なく体重増加もないため安全に使いやすい一方、HbA1c低下幅はSU薬単剤よりやや劣る場合があります。しかし高齢者や腎障害でも減量の上使用可能など利点が多く、現在ではSU薬以上に汎用されています。なおDPP-4阻害薬をSU薬と併用する際は、低血糖予防のためSU薬の減量が推奨されます 。
- SGLT2阻害薬: 腎臓でのブドウ糖再吸収を阻害し尿中にブドウ糖を排泄させる経口薬です。2014年以降日本でも順次承認され、現在複数の薬剤が使用可能です。インスリン非依存的に血糖を下げるため低血糖を起こしにくく、余剰カロリー排泄による体重減少効果や血圧低下効果も得られます 。さらに心不全や腎症の進展抑制など、血糖降下を超えた臨床利益(クラスエフェクトによる心腎保護効果)が明確となり、近年その重要性が増しています。SU薬と比べると作用機序は全く異なり、併用すると相加効果で強力な血糖降下が期待できます。但しその際はSU薬由来の低血糖に注意が必要です 。副作用として尿量増加や泌尿生殖器感染症のリスクがあり、脱水に注意が必要です 。SGLT2阻害薬は肥満傾向の患者や心疾患・腎疾患を有する患者で特に有用で、近年のガイドラインでは重要視されています(後述)。
以上のように、各クラスでSU薬との比較ポイントは以下の通りです:
- 低血糖リスク: SU薬・グリニド系以外の経口薬は概して低血糖リスクが低い 。したがって、安全性の面では新しい薬剤ほど優れています。
- 体重への影響: SU薬やインスリン、TZD系は体重増加を来しやすく 、逆にGLP-1作動薬やSGLT2阻害薬は体重減少に寄与します。メトホルミンやα-GI、DPP-4阻害薬は中立的です。
- 血糖降下作用の強さ: 一般に単剤でのHbA1c低下作用は、SU薬やメトホルミン、GLP-1作動薬が比較的大きく(1~2%程度低下)、DPP-4阻害薬やα-GIは中等度(0.5~1%程度)とされます。SGLT2阻害薬は0.5~1%程度ですが、体重・血圧低下など付随効果があります。
- 長期予後への影響: SU薬は長期心血管アウトカム改善が証明されておらず、一部研究では心血管リスク懸念もありました (後述)。これに対し、GLP-1作動薬やSGLT2阻害薬は心血管イベントや腎アウトカムの改善エビデンスが蓄積しています 。メトホルミンもUKPDSにて心筋梗塞抑制の示唆があり、TZD系ピオグリタゾンも二次予防効果が示されています 。
- 適用対象: 患者の病態により使い分けます。SU薬は膵β細胞機能が残っている比較的若年~中年の患者で高い効果を発揮します 。インスリン抵抗性が主な病態である肥満例ではメトホルミンやSGLT2/TZD系が有効です。高齢者では低血糖回避のためDPP-4阻害薬が好まれる傾向があります。
このように近年は各患者の病態に合わせて多彩な薬剤を組み合わせる時代となっており 、SU薬単独に頼る治療は減少しています 。実際、2000年代以降は「SU薬単剤→併用療法」へのシフトが顕著であり、ある国内データでは2002~2011年の間にSU薬単独療法が減少し、SU薬+メトホルミンやSU薬+DPP-4阻害薬の併用が増加したことが報告されています 。これは、新規薬剤の登場でSU薬の位置づけが相対的に変化したことを物語っています。
SU薬の臨床的意義と適応患者像
SU薬は歴史的に見て、2型糖尿病の血糖コントロールに多大な貢献をしてきました。特にインスリン療法をすぐには行えない患者において、確実なHbA1c低下をもたらす経口薬として臨床的意義は大きいです 。UKPDSなど大規模臨床試験でも、SU薬とインスリンによる強化療法は微小血管合併症(網膜症・腎症など)の発症抑制につながることが示されています(厳格な血糖コントロールが合併症予防に有効であることはガイドラインでも強調されています )。このように、SU薬は合併症予防のために血糖目標を達成する手段としてエビデンスの裏付けがあります 。
適応となる患者像: SU薬が効果を発揮するのは、「膵臓からのインスリン分泌能力がまだ十分残っている2型糖尿病患者」です 。具体的には、発症から年数が浅いか過度の高血糖でβ細胞が疲弊していない患者、あるいは痩せ型・中等度肥満でインスリン分泌不全が主たる病態の患者が適しています。日本人の2型糖尿病は欧米人に比べ肥満度が低く、相対的にインスリン分泌低下が主因となるケースが多いとされています 。そのため、従来より**「まずSU薬で内因性インスリンを引き出す」**戦略が取られてきました。SU薬は食事療法・運動療法で目標を満たさない患者に追加して、比較的短期間で改善効果を見込めます。平均してHbA1cを1~2%程度低下させることができ、多くの患者で目標達成に役立ちます。
併用療法における意義: 現在ではSU薬単独ではなく、他の経口薬やインスリンとの併用で少量のSU薬を使うケースが増えています 。例えば食後高血糖にDPP-4阻害薬を用い、基礎分泌低下に対してSU薬少量を補う、といった使い方です。このように併用することで、それぞれの薬剤を最大用量まで使わずとも相乗効果で十分な血糖降下を得られ、副作用も抑えられるメリットがあります。実臨床では、グリメピリド1mg以下の少量投与を他剤と組み合わせる処方が多く見受けられます 。これはSU薬の持つ強力さを生かしつつ、安全域を確保する合理的なアプローチと言えます。
患者教育とフォロー: SU薬を適切に使うには、薬剤師として患者への指導も重要です。適応となる患者には、自身の膵臓から出るインスリンを増やす薬であること、決められた時間に食事をとることが必要であること、万一食事が取れない場合は主治医に相談すべきことなどを説明します 。また低血糖の兆候(空腹感、発汗、手指の震え、動悸など)と対処法(ブドウ糖摂取の重要性)についても指導が必要です 。特にα-GI併用時に低血糖となった場合は砂糖ではなくブドウ糖を摂取しなければならない点も周知します 。適応患者に正しく使えばSU薬は**「安価で効果確実」**な薬です。実務的には、患者のライフスタイルや併存症を考慮しつつ、その恩恵を最大限引き出すサポートが薬剤師には求められます。
SU薬使用上の課題:低血糖リスクと心血管イベント
SU薬を使用する上で避けて通れない課題が低血糖の問題です。作用機序上、血糖値に関係なくインスリンを分泌させてしまうため、食事摂取量やタイミングによっては低血糖発作を起こし得ます 。特に高齢患者では低血糖リスクが高く注意が必要です 。日本糖尿病学会の報告によれば、糖尿病治療中に重症低血糖で救急搬送された2型糖尿病患者の約85%がSU薬を服用していたというデータもあります 。高齢になるほど低血糖症状に気づきにくく(無自覚性低血糖)、重症化しやすい傾向があり、転倒・骨折や認知機能低下のリスクも指摘されています 。このため高齢者へのSU薬処方は必要最低限の用量に留め、可能ならばより低血糖の少ない薬剤に置換することが推奨されます 。実際、高齢者糖尿病治療ガイドライン2023では「グリベンクラミドは作用時間が長く高齢者には使用を控える」「グリクラジドは20mg、グリメピリドは0.5mgの低用量から開始し、それぞれ最大40mg、1mgを超えない」と明記されています 。またHbA1c<7.5%程度の良好なコントロール下にこれら薬剤を用いると、低血糖頻度や死亡リスクが増加するとの報告もあるため注意が必要です 。
低血糖対策: 薬剤師はSU薬処方患者に対し、低血糖症状が出た際の対処法を必ず指導します。「空腹時に冷汗や手の震えを感じたら、すぐにブドウ糖(または砂糖入り飲料)を摂取する」こと、低血糖時は運転等危険を伴う行為はしないことを伝えます 。加えて、SU薬服用中は食事を抜かないよう約束してもらい、嘔吐・下痢などで食事摂取が困難な際は主治医に連絡するよう助言します 。低血糖エピソードがあった場合には医師に報告し、減量や他薬への変更を検討してもらうことも重要です。近年は持続血糖測定(CGM)等で低血糖の頻度を把握しやすくなっており、そうしたデータも活用しながら安全性に配慮した使用が求められます。
心血管イベントリスク: SU薬に関して歴史的に議論となってきたのが、心血管疾患への影響です。1960~70年代の米国UGDP試験では、トルブタミド投与群で心血管死リスクの上昇が報告され大きな論争を呼びました 。その後クロルプロパミドやグリベンクラミドでも同様の傾向が指摘され、SU薬が心筋虚血時の保護機構(虚血プレコンディショニング)を阻害する可能性が取り沙汰されました 。SU薬は膵臓以外に心筋のATP感受性K⁺チャネルにも作用しうるため、心筋虚血時に血流を確保するメカニズムを妨げ、心筋梗塞の予後に悪影響を与えるという仮説です 。この点、グリメピリドやグリニド系は前述の通り心筋チャネルへの作用が弱く、安全ではないかとも考えられました 。一方で、後年の大規模試験(例えばCAROLINA試験:DPP-4阻害薬リナグリプチン対グリメピリドの比較)ではグリメピリド群の心血管リスクが有意に増加しないことも示され、適正使用下であれば過度に懸念する必要はないとの見方もあります。
ただし注意すべきは、低血糖自体が心血管イベントの誘因となり得る点です。重症低血糖はカテコラミンの過剰分泌を介して不整脈や血圧変動を招き、心筋梗塞や脳卒中のリスクを高めます 。特に高齢糖尿病患者では低血糖後に心筋虚血が起こりうることが知られています 。したがって、SU薬そのものの心血管毒性よりも、SU薬による低血糖エピソードを如何に防ぐかが臨床上は重要です。ガイドライン上も「血糖値を積極的にコントロールすることが合併症予防に有効」としつつ、「血糖の大きな変動を避ける」「安全に管理する」ことが強調されています 。このバランスを取ることが、安全なSU薬使用の鍵となります。
その他の課題: SU薬には一次無効・二次無効という現象も知られます 。一次無効とは投与初期から全く効果が見られないことで、かなり膵β細胞機能が低下した患者に起こります。その場合は初めからインスリン注射を検討します 。二次無効は、長期使用で次第に効果が減弱しコントロール悪化してくる現象で、糖毒性によるβ細胞疲弊や疾患進行が原因です 。二次無効が起これば、他の経口薬追加やインスリン併用・移行が必要になります 。こうした膵β細胞の保護という観点からは、近年は早期からインスリン抵抗性改善薬やインクレチン薬を併用し、SU薬に頼り過ぎない治療も模索されています 。
現代のガイドラインにおけるSU薬の位置づけ
現在の糖尿病治療ガイドラインにおいて、SU薬は慎重な位置づけとなっています。日本糖尿病学会や米国ADA/EASDのコンセンサスでは、まず生活習慣改善とメトホルミンを第一選択とし、以降の追加薬物療法は患者個々の病態と合併症リスクに応じて選択する方針が採られています 。日本では欧米ほど特定の第一選択薬を固定せず、「インスリン分泌不全型にはインスリン分泌促進薬を、抵抗性優位なら感受性改善薬を」といった病態別アルゴリズムが提案されています 。その中でSU薬(およびグリニド薬)は、インスリン分泌不全が疑われる場合の選択肢となります。ただし近年のガイドラインでは、低血糖リスク回避と心血管保護効果の観点から、DPP-4阻害薬・GLP-1受容体作動薬・SGLT2阻害薬といった新規薬剤の優先度が高くなっています 。例えば、動脈硬化性心疾患を有する患者にはGLP-1作動薬やSGLT2阻害薬を優先、腎不全リスクにはSGLT2阻害薬を優先、といった推奨がなされており、SU薬はコスト面の有利さや長期使用実績がある場合に選択される立場です。実際、ADA/EASDの2022年コンセンサスレポートでは、SU薬は「低コストが重要で、低血糖リスクが許容できる場合のセカンドライン以降」と位置づけられています。一方、日本糖尿病学会の2023年アルゴリズムでも、SU薬は選択肢の一つとはされているものの、特筆して推奨される場面は多くありません。ただし長期罹病患者で高血糖が遷延する場合や経済的理由で新規薬使用が困難な場合などには、依然として有用なクラスです。
特に日本では、DPP-4阻害薬の普及以降、SU薬の使用頻度は減少傾向にあります。2010年代にはDPP-4阻害薬が処方薬ランキングのトップを占め、SU薬は後退しました。しかし前述のようにSU薬を完全に廃することは現実的でなく、むしろ少量を併用する形で生き残っています 。高齢者ガイドラインではグリベンクラミドを推奨しないことが明記され、グリクラジドやグリメピリドも低用量限定の使用となっています 。これはガイドライン上、SU薬を使うなら「できるだけ安全に」という強い意図の表れです。
また、SU薬使用時にはガイドラインで治療目標の個別化が求められます。例えば高齢者や冠動脈疾患を有する患者では厳格なHbA1c値(<7%等)を無理に追求せず、やや緩和した目標に留め低血糖を避けるよう推奨されています 。この場合、SU薬は目標達成のために必須でなければ減量・中止も検討します。一方、若年者で肥満がなくインスリン分泌低下が主たる問題の場合、ガイドラインでもSU薬(特にグリメピリド少量)の使用は認められており、適切に使えば目標達成率が高まります 。
まとめると: 現代のガイドラインにおいてSU薬は「メリットとデメリットを熟知した上で、適切な患者に最低限用いる薬剤」と位置づけられます。第1選択で漫然と最大量まで使うような時代は終わり、患者の状態に応じて細心の注意を払いながら用いる存在です 。薬剤師としては、ガイドラインの示すこうした方向性を踏まえ、処方提案や服薬指導を行うことが求められます。SU薬は古くからある信頼性の高い薬ですが、その確実な効き目ゆえに低血糖などのリスク管理が欠かせない薬でもあります 。適正使用のポイントを押さえ、新しい治療とのバランスを取りながら、これからも糖尿病治療に寄与していくことでしょう。


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