がん医療の世界では、「がんの分類」が実は治療選択や予後予測において極めて重要な役割を果たします。古代の医師たちががんをどう捉えていたかから始まり、現代では遺伝子レベルの分類まで登場しています。この記事では、病院薬剤師向けに、がんの分類がどのように進化してきたか、そしてその背景にある臨床的・治療的な理由をひもときます。歴史の豆知識を交えつつ、実臨床で「分類知識」が薬剤選択にどう役立つのかを、楽しく解説していきましょう。
古代から近代まで:がん概念の変遷
人類は古来よりがんに苦しめられてきました。最も古いがんの記録の一つは、紀元前3000年頃の古代エジプト文明に遡ります。エジプトの医学書「エドウィン・スミス・パピルス」には、乳房にできた腫瘍の症例が記され、「治療法なし」と書かれていました 。当時は、がんは原因不明で治しようのない病と考えられていたのです。
古代ギリシャの医師ヒポクラテス(紀元前5世紀頃)は、がんを**「黒胆汁」の過剰で説明しました。ヒポクラテスらの四体液説**によれば、体内の4つの体液(血液・粘液・黄胆汁・黒胆汁)の不均衡が病気を引き起こすとされ、特に黒胆汁の過剰が悪性の癌を生むと信じられました 。さらにヒポクラテスは、がんを「カルキノーマ(カニ)」と名付けています 。腫瘍から周囲に広がる血管の様子がカニの脚のように見えたためと言われ、「カニに侵された病気」というわけです。このネーミングセンス(?)は後にローマ時代に受け継がれ、医師ケルススがラテン語で「キャンサー(蟹)」に訳しました 。一方、同じく古代ローマの医師ガレノス(2世紀頃)は腫瘍を「オンコス(腫れもの)」と呼びました 。現代で「腫瘍学」を意味するオンコロジー (oncology) は、このガレノスの用語に由来しています。
中世までは病因は体液説や迷信に基づき、がんは「治療困難な病」として恐れられていました。外科的切除は試みられることもありましたが、感染症リスクや出血も大きく、「隠れた癌は触らない方がよい」などとも言われたほどです(メスを入れると余計に患者の命を縮めると考えられていたのです)。がんの理解が大きく前進するのはルネサンス以降の解剖学の発展を待たねばなりません。18世紀、イタリアのモルガーニ(1761年)は系統的な剖検(解剖)によって、生前の症状と死後の臓器所見を結び付けるという画期的な手法を打ち立てました 。この手法により、「病巣がどの臓器にあり、どんな形で広がっていたか」を詳細に記録できるようになり、がんも単なる全身の体液不調ではなく局所の病変として捉えられるようになりました。
そして19世紀、ドイツの病理学者ルドルフ・フィルヒョウが登場します。フィルヒョウは顕微鏡で病変組織を観察し、病気を**「細胞の病理」として説明する近代病理学を確立しました 。彼は腫瘍を顕微鏡で分類し、がん細胞の種類によって区別するという発想をもたらしました。これにより「がんは正常な細胞が変化したものだ」という理解が進み、がん組織のタイプ別分類の基礎が築かれたのです。例えば、上皮由来の悪性腫瘍と非上皮(支持組織)由来の悪性腫瘍では見た目も振る舞いも異なる――後述する「癌腫」と「肉腫」の区別につながる概念が、ここで芽生えました。このように古代から近代までにがん観は「黒い体液の不可治の病」から「細胞起源の多様な疾患群」へ**と大きく変貌したのです。
組織学的分類:癌腫 vs 肉腫 – その臨床的意義
フィルヒョウ以来、がんの組織学的分類(どの組織の細胞から発生したかによる分類)が進みました。現代ではがんは**組織型(組織由来)と原発部位(発生臓器)**の2軸で分類されます 。まず組織型による大分類として代表的なものを挙げると:
- 癌腫(Carcinoma): 上皮細胞由来の悪性腫瘍。皮膚や消化管の粘膜、臓器の表面や腺組織など、体の内外を覆う上皮から発生します。頻度的にも圧倒的多数を占め、全がん症例の**80〜90%**はこの癌腫に分類されます 。例えば肺がん、乳がん、胃がん、大腸がんなど主要ながんの多くは上皮由来の癌腫です。
- 肉腫(Sarcoma): 筋肉や骨、脂肪、血管、結合組織など間葉系(支持組織)由来の悪性腫瘍です 。頻度は稀ながら種類は多彩で、軟部肉腫だけでも50以上のサブタイプが知られます 。全体としてがん全症例の1%未満とごく少数派ですが 、若年~中年で発生する例も多く、小児がんの一部も含まれます(例: 骨肉腫〈骨〉、横紋筋肉腫〈筋組織〉など)。
- 白血病(Leukemia): 血液の造血細胞由来の悪性腫瘍で、いわゆる「血液のがん」です。骨髄中の幼弱な白血球が腫瘍化して増殖する病態で、固形の腫瘍を形成しない液性がんに分類されます。
- リンパ腫(Lymphoma): リンパ系組織由来の悪性腫瘍で、リンパ節や脾臓など免疫系の臓器にできるがんです。白血病と同じく血液・免疫の領域ですが、リンパ節などに固形のかたまりを作る点が特徴です。
- 骨髄腫(Myeloma): 形質細胞(抗体を産生するB細胞)由来のがんで、多発性骨髄腫が代表例です。高齢者に多く、骨を溶かす病変や免疫低下を引き起こします。
癌腫と肉腫の違いは薬剤師としてもぜひ押さえておきたいポイントです。まず発生母地が異なるため、生物学的性質や患者背景にも違いが出ます。癌腫は高頻度で中高年に多く発生し、肉腫は稀少で若年者にも発生しうる、といった傾向があります 。また転移のしやすさ・仕方にも違いがあります。癌腫はリンパ節転移を起こしやすく、まず局所のリンパ節に飛んでから血行性に遠隔転移することが多いのに対し、肉腫はリンパ節へはあまり転移せず、主に血行性に肺などへ遠隔転移することが多いのです 。そのため外科手術でも、癌腫では腫瘍とともに所属リンパ節を郭清するのが標準ですが、肉腫ではリンパ節郭清は通常行いません(リンパ節転移がまれなので患者負担に見合わないため) 。治療面でも、癌腫の多くは標準的な化学療法や分子標的薬の開発が進んでいる一方、肉腫は希少疾患ゆえに治療法確立が難しく、手術が主軸で補助的に抗がん剤(例: ソフトな肉腫にドキソルビシンなど)が使われる程度でした。しかし近年は肉腫領域でも分子標的薬の登場があり、後述するように**GIST(消化管間質腫瘍)**ではイマチニブの劇的効果が知られるなど変化が出ています。
いずれにせよ、組織型の分類によって**「どんな性質のがんか」「どんな治療が有効か」**のおおよその見当がつきます。例えば患者さんに新たにがんが見つかった際、病理診断で「癌腫です」とくれば「まずは原発臓器とステージを調べて、標準的な治療(手術や化学療法)を検討しよう」となりますし、「肉腫です」とくれば「希少がんなので専門施設のコンサルテーションや外科中心の治療計画を検討しよう」といった具合に、分類が治療戦略の方向性を示してくれるのです。
臓器別のがん分類と治療戦略の進化
がんを組織学的に分類することと並行して、「どの臓器に発生したがんか」という原発臓器別の分類も、臨床的に極めて重要です 。19~20世紀にかけて医学が専門分化する中で、臓器ごとに異なるがんがあることが明確になり、それぞれ別個の研究・治療が進んでいきました。例えば一口に「癌腫」と言っても、肺の上皮から生じた肺癌と、大腸の粘膜から生じた大腸癌では、生物学的挙動も患者の背景も全く異なります。肺癌は喫煙との関連が強く進行も早い、一方で大腸癌はゆっくり進行する代わりに肝臓への転移を起こしやすい、など千差万別です。当然、効果的な治療法や薬剤も臓器ごとに異なることが判明し、それぞれに最適化された戦略が発展しました。
20世紀前半には外科手術や放射線治療が主体でしたが、臓器別のがん研究が進むにつれ、臓器ごとの化学療法レジメンも開発されていきます。例えば、乳がんはホルモン感受性であることが多いため内分泌療法(タモキシフェンなど)が効く、大腸がんには5-FUを主体とした化学療法が有効、精巣がん(若年男性に多いがん)はシスプラチン含有療法で劇的に治癒率が向上する、といった具合です。これらは一見バラバラな知見ですが、裏を返せば**「臓器別分類」によって適切な治療選択肢が見えてくる**ことを意味します。「〇〇がんと診断されたら標準治療は〇〇である」というガイドラインも、臓器別に整備されるようになりました。
組織分類と臓器分類、この両輪を体系化したものとして、WHO(世界保健機関)は**「国際組織分類(WHO分類)」を発行しています。1950年代から各臓器ごとに腫瘍の分類基準がまとめられ、1957年には最初のWHO分類集が出版されました 。以来版を重ね、2019-2020年の第5版では15巻にも及ぶ各臓器腫瘍の専門書となっています 。例えば「肺の腫瘍」「消化管の腫瘍」「乳腺の腫瘍」…といった具合に臓器系統別にまとめられ、それぞれの巻で腫瘍の病理 subtype、遺伝子変異、疫学、臨床像、予後などが解説されています。このような国際分類は、医師だけでなく薬剤師にとっても共通言語**となります。処方箋に診断名が書かれていれば、その臓器名・組織型名から適切なレジメンや注意すべき有害事象が類推できますし、患者さんに薬説明をする際も「これは〇〇がんという病気で一般的にこの薬が使われます」と背景を説明することができます。臓器別分類の発展は、そのまま各臓器がんの専門医療チームの発展につながり、治療戦略をより精密化していったのです。
TNM分類とステージングの登場:世界共通の「がんの言語」
臓器別にがんを分類し治療する流れが進む中で、病気の進行度(ステージ)を客観的に表現する仕組みも求められるようになりました。例えば同じ「胃がん」でも、早期の粘膜内がんなのか、遠隔転移を有する進行がんなのかで、治療法も予後も全く異なります。そこで生まれたのが「TNM分類」に代表されるステージ分類です。
TNM分類とは、「原発腫瘍 (Tumor)」「リンパ節転移 (Node)」「遠隔転移 (Metastasis)」の3要素でがんの進行度を分類する国際規格です。1958年、国際対がん連合(UICC)によって初版が策定され、現在は第8版(2017年前後刊行)が使われています 。それぞれの要素について、例えばTは腫瘍の大きさや浸潤深達度(臓器壁のどこまで達しているか)によってT1~T4等、Nはリンパ節転移の個数や場所でN0~N3等、Mは遠隔転移の有無でM0 or M1、といった具合に数字で段階が示されます 。最終的にこれらの組み合わせからステージI~IVの病期が決定されます(一般にステージIは早期がん、IVは末期がんに相当します)。
TNM分類(およびステージ)は、がん医療における共通言語となりました。医師・薬剤師を問わず、ある患者さんの病状を「○○がんのステージIII」と聞けば、腫瘍がかなり進行してリンパ節には転移があるが遠隔転移はない状態、といったおおよその状況を把握できます。これは治療方針の検討にも不可欠な情報です。例えばステージI~IIなら手術で根治可能かもしれませんが、ステージIVでは薬物療法が主となり、薬剤師としても全身療法の管理・副作用対策に重点を置くことになります。またステージは患者さんへの説明や、他職種との情報共有、さらに臨床試験の組み入れ基準などにも使われます 。TNM分類の導入目的もまさにそこにあり、医療者間で病状を正確に伝達し、治療計画や予後推定を共有することにあります 。ある種「がんの世界共通ランゲージ」とも言えるでしょう。
薬剤師の業務でも、調剤や服薬指導の際にステージ情報が役立つ場面は少なくありません。たとえば処方箋に初回サイクルの抗がん剤が出ているとき、「この患者さんは術後補助療法かな?それとも転移があるから延命目的の化学療法かな?」と背景を考えることがありますよね。その判断材料としてカルテや診療情報提供書のTNM表記はとても参考になります。ステージによって薬物療法の目的(根治 vs 延命 vs 緩和)も変わるため、患者さんへの説明のトーンや副作用マネジメントの留意点も変わってきます。以上のように、TNM分類・ステージ分類はがん医療の地図のような存在であり、薬剤師にとっても道しるべとなる重要情報なのです。
遺伝子・バイオマーカーによる分子分類:薬剤選択の個別化
21世紀に入り、がん分類はさらに新たな次元に突入しました。すなわち遺伝子レベルでの「分子分類」です。臓器・組織による分類に加えて、がん細胞が持つ遺伝子変異や発現異常といった分子プロファイルによってサブタイプを分類し、治療を最適化するアプローチが本格化しました。
実は分子分類の芽生え自体は20世紀後半から見られました。たとえば乳がんでは、エストロゲン受容体やHER2という分子マーカーの発見により、「ホルモン受容体陽性乳がん」「HER2陽性乳がん」といった分類が治療方針に組み込まれるようになりました。HER2陽性乳がんにはトラスツズマブ(Herceptin)という分子標的薬が効く 、ホルモン受容体陽性ならタモキシフェン等の内分泌療法が有効、といった知見です。また慢性骨髄性白血病ではフィラデルフィア染色体という特定の遺伝子異常(BCR-ABL融合遺伝子)が原因であることが判明し、そこをピンポイントで阻害するイマチニブが開発され2001年に承認されました。イマチニブ(グリベック)は**「分子標的薬の黎明を告げた画期的薬剤」と言われ、白血病治療を一変させました。このように一部ではありましたが、「遺伝子の違いで治療が変わる」**時代の扉が開かれ始めていたのです。
本格的に分子分類が広く取り入れられるようになったのは2000年代以降です。WHO分類にも2000年頃から分子遺伝学的所見が盛り込まれるようになり 、例えば肺がんの分類にはEGFR遺伝子変異の有無や、ALK融合遺伝子の有無などが考慮されるようになりました。これは単なる研究上の分類ではなく、治療薬の選択に直結する分類です。実際、EGFR遺伝子変異陽性の非小細胞肺癌にはゲフィチニブやオシメルチニブといったEGFRチロシンキナーゼ阻害薬が高い奏効率を示す一方、変異陰性の患者には効果が乏しいことが分かっています。そこで、肺がんの患者さんにはまず遺伝子検査を行い、EGFR変異陽性であれば上記のような分子標的薬を第一選択とし、陰性であれば他の治療(例えばプラチナ系抗がん剤による化学療法や免疫チェックポイント阻害薬)を選ぶという個別化医療が一般的になりました。ALK融合遺伝子陽性であればクリゾチニブなどALK阻害薬を、BRAF変異陽性のメラノーマであればそれ専用のBRAF阻害薬+MEK阻害薬を使う、といった具合に、「がんの顔つき(遺伝子プロファイル)」に合わせて薬を選ぶ時代となったのです。
分子分類の発展はめざましく、最近では**“がん種横断的”な治療という新たなパラダイムも現れています。例えばMSI-High(マイクロサテライト不安定性高)の腫瘍やNTRK融合遺伝子陽性の腫瘍に対しては、原発臓器に関係なくそのバイオマーカーを持つ患者にペムブロリズマブ(キイトルーダ)やラロトレクチニブ(ヴィトラックビ)といった薬剤を投与できるようになりました。実際、2017年には米FDAがペムブロリズマブに対し「がん種を問わずMSI-Highの進行がんに適応」という初の承認を与え、大きな話題となりました 。従来は「肺がんならこの薬、胃がんならこの薬」と臓器別に薬剤適応が決まっていましたが、今や「特定の遺伝子異常があれば臓器を超えてこの薬が効く」という発想が受け入れられつつあります 。まさに分子分類が治療法を決定する**時代が到来したといえます。
このように分子分類による個別化治療(プレシジョン・メディシン)は患者さんの予後を大きく向上させています。一例を挙げれば、HER2陽性乳がんはトラスツズマブ登場前は予後不良なタイプでしたが、同薬の普及で大幅に生存率が改善しました。また先述のEGFR変異肺癌では、従来の化学療法では奏効率30%前後だったものが、EGFR阻害剤では70%以上の腫瘍縮小が得られ、中には長期生存する患者さんも少なくありません。分子標的薬のみならず、免疫チェックポイント阻害薬(ニボルマブ、ペムブロリズマブなど)もPD-L1発現や遺伝子変異量などのバイオマーカーで効果予測を行い、効きやすい患者を選別して投与するアプローチが取られています。もちろん万能ではなく、「効くと思ったけど効かなかった」「耐性が生じた」など課題もありますが、分子分類によって得られた恩恵は計り知れません。薬剤師としても、患者ごとに異なるこの**“オーダーメイド処方”**を支える知識が求められる時代になってきています。
分類の進化が治療を変えた例:肉腫とGIST
がんの分類が治療法に大きな変革をもたらした劇的な例として、希少がん領域の肉腫、特に**GIST(消化管間質腫瘍)**の物語を紹介しましょう。GISTは主に胃や小腸など消化管の壁に発生する肉腫の一種ですが、その歴史は分類の変遷そのものと言えます。
1990年代後半まで、GISTという疾患概念は今ほど明確ではありませんでした。消化管にできる肉腫様の腫瘍は、顕微鏡で見ても一見平滑筋の腫瘍に似ていたため、平滑筋肉腫(平滑筋由来の肉腫)や消化管神経鞘腫瘍などと誤診・混同されていたのです 。治療法も定まらず、手術で取っても再発転移が多く、抗がん剤も効果が乏しいという厄介な疾患でした。当時のデータでは、転移を有する進行GISTに対する従来型化学療法の奏効率はわずか10%未満、生存期間中央値も1年少し(10〜20か月)という暗いものでした 。
転機が訪れたのは1998年、名古屋市立大学の平田教授らの研究グループが**「GISTの多くでc-KIT遺伝子に変異があり、KITタンパク(CD117)が過剰発現している」ことを発見したのです 。KITは細胞増殖シグナルに関与する受容体型チロシンキナーゼで、GISTではこれが常に活性化して暴走していることが判明しました。さらにGIST細胞は発生学的にカハールの介在細胞**(消化管のペースメーカー細胞)に由来することも示され、平滑筋腫瘍とは異なる独立した腫瘍カテゴリーであると明確になったのです 。この画期的発見によりGISTは初めて正しく診断・分類されるようになり、同時に「KITの暴走を止めればこの腫瘍を抑えられるのでは?」という治療ターゲットが見えてきました。
そこで白羽の矢が立ったのが、白血病治療薬として開発されていたイマチニブでした。イマチニブはBCR-ABLだけでなくKITのチロシンキナーゼ活性も阻害する作用があったため、臨床試験でGIST患者に試されたのです。その結果は劇的でした。進行期GISTの患者さんの腫瘍がみるみる縮小し、多くの症例で腹部の巨大腫瘍が小さくなって手術可能となり、さらには長期生存例も次々報告されました。まさに**「劇的な抗腫瘍効果」であり、イマチニブはGIST治療を一変させました 。それまで手の打ちようがなかった病気が分子標的薬でコントロール可能な慢性疾患**に変わったのです。
この成功は、分類(診断)の精密化が治療法のブレイクスルーにつながった好例です。GISTという新たな分類概念が確立されなければ、肉腫の一亜種として埋もれていたかもしれない疾患に光が当たり、有効な薬剤が見出されました。現在ではイマチニブに加え、耐性例に有効なスニチニブやレゴラフェニブ、リポゼロチニブ(リプキーナ)など次々と新薬も登場し、GIST患者さんの生存曲線は大きく上方へシフトしました。薬剤師にとっても、GIST患者さんにイマチニブを調剤する際には「この薬は画期的なお薬で、以前はなす術がなかった腫瘍を小さくできるんですよ」などと胸を張って説明できる喜びがあります(もちろん副作用管理も重要ですが!)。またGISTは肉腫の一種ですが、KIT陽性と陰性では適応薬が異なるなど、肉腫領域でもサブタイプ毎に治療が細分化していることを実感させられます。
この他にも、がん分類の進化が治療法を塗り替えた例は数多く存在します。たとえば肺がんもかつては「小細胞肺がんか非小細胞肺がんか」程度の分類でしたが、今や遺伝子変異(EGFR, ALK, ROS1, BRAFなど)の組み合わせで10以上に細分化され、その一つ一つに対応する治療薬があります。乳がんも「サブタイプ別医療(サブタイプに合わせた薬剤選択)」が当たり前です。血液腫瘍に目を転じれば、悪性リンパ腫は実に80種類以上に分類され、それぞれ推奨されるレジメンが異なります。これらはすべて、「分類」が患者さんの運命を左右すると言っても過言ではありません。そしてそのことは、私たち医療従事者に常に最新の分類知識をアップデートする必要性を突き付けてもいるのです。
分類細分化の時代に薬剤師が注意すべきポイント
以上見てきたように、がんの分類は年々細かく専門的になっています。「臓器 → 組織型 → 分子サブタイプ → …」と層が深くなり、分類の細分化に伴って治療もオーダーメイド化が進みました。その中で、病院薬剤師として以下の点に注意することが重要です。
- 薬剤の適応症・適応集団を確認する: 分類が細かくなるほど、薬剤ごとに**「このタイプのがんにのみ使う」という適応条件が狭く設定されています 。処方箋にある薬剤がどの分類のがんに適応か**をしっかり把握し、患者さんの診断と合致しているか確認しましょう。例えば「トラスツズマブが処方されたら、患者さんのがんはHER2陽性か?」「ゲフィチニブならEGFR変異陽性の肺がんか?」といった具合です。添付文書上の適応症を踏まえ、場合によっては検査結果の有無をカルテでチェックすることも必要です。適応外使用が疑われる場合は疑義照会を行い、医師と情報を共有します。
- バイオマーカー検査の有無と結果に留意: 分子標的薬や免疫療法薬では、投与前にコンパニオン診断とも呼ばれるバイオマーカー検査が行われます。薬剤師はその検査結果に基づいて薬剤が選択されていることを確認しましょう。例えばペムブロリズマブ(抗PD-1抗体)の適応には「がん組織がMSI-Highである」「あるいはPD-L1発現が高い」等の条件が付く場合があります 。検査結果が未確認のまま薬が開始されていないか注意し、必要なら「この患者さん、PD-L1検査はされましたか?」などとチーム内で声を掛け合うことも大切です。
- 治療ライン・併用条件の確認: 免疫チェックポイント阻害薬や分子標的薬の中には、「他の治療で効果不十分の場合に使用」「特定の治療との併用で使用」といった投与ラインや併用条件が設定されているものがあります。薬剤師はレジメン全体を把握し、現在の治療ラインが適正か確認します。特に免疫療法は一部のがん種で一次治療として承認されていますが、多くは化学療法後の二次治療以降に位置付けられています。添付文書や最新ガイドラインを踏まえて「今この患者さんにこの薬を使う妥当性」を把握し、副作用モニタリング計画を立てましょう。
- 副作用と支持療法の準備: 分類が細分化されることで新しい薬剤が続々登場していますが、新薬には未知の副作用も付きものです。薬剤師は薬学的知見から副作用リスクを予測し、必要な支持療法(制吐薬の準備、免疫療法なら副腎皮質ステロイドの待機など)を確認します。例えばニボルマブ・ペムブロリズマブなど免疫チェックポイント阻害薬では重篤な免疫関連副作用(間質性肺炎、重症筋無力症様症状など)が起こりうるため、初回調剤時にこれらの初期症状や対応策をチームで共有しておくと安心です。
- 最新情報のアップデート: がん分類と治療の進歩は日進月歩です。薬剤師も継続して研鑽し、学会発表やガイドライン改訂、新薬の承認情報などにアンテナを張りましょう。例えば「○○変異陽性の肺がんに新薬△△が承認された」「○○遺伝子を標的とする初の薬剤が出た」といったニュースは、すぐに日常業務に影響します。院内で処方可能な新薬リストやレジメン集を更新するのはもちろん、DI室や薬剤部内で最新知見を共有し、チーム全員で分類と治療のアップデートに努めることが大切です。
分類が細分化し**「がんの個別化医療」**が進むほど、薬剤師の果たすべき役割も高度化しています。一人ひとり異なるがん患者さんに対して、安全で有効な薬物療法を提供するために、ぜひ分類の知識を武器にしてください。
おわりに:分類を制する者は治療を制す?
古代から現代まで、がんの分類の歴史をひもといてきました。ヒポクラテスの時代には「黒胆汁」のせいにされていたがんが、今や遺伝子配列レベルで分類され、オーダーメイドの薬が処方される時代です。**「分類を制する者は治療を制す」**とは少し大げさかもしれませんが、分類の理解が深まるほど適切な治療戦略を立てられるようになるのは事実です。病院薬剤師としても、がん分類の知識をアップデートし続けることで、処方提案や服薬指導に説得力が増し、患者ケアの質が高まるでしょう。
幸い、がん医療はチーム戦です。分類のことで迷ったときは腫瘍内科医や病理医に確認し、**「このがんのタイプならどの薬が第一選択ですか?」**など遠慮なく質問してみてください。きっと新たな発見があります。そして得た知識はぜひ周囲の薬剤師仲間にも共有しましょう。ヤクマニ精神で知的探究心を持ちながら、患者さんに最適な治療を届ける担い手として共に頑張っていきましょう。Classification is power!(分類は力なり!) — 最後までお読みいただきありがとうございます。
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