はじめに:心不全とCOPD、見逃せない共演
高齢化と喫煙者の蓄積により心不全と**COPD(慢性閉塞性肺疾患)**はそれぞれ患者数が増加し、両者を併せ持つ方も珍しくなくなっています 。例えば、心不全で治療中の高齢患者が「なかなか息切れが改善しない」と訴える場合、心不全の悪化だけでなくCOPDの存在が隠れている可能性があります。実際、日本人COPD患者は推計500万人以上とされながら、治療を受けているのは20万人程度に過ぎず 、多くが未診断・未治療のまま進行してしまう現状があります。このような背景から、2025年には日本呼吸器学会と日本心不全学会が史上初めて手を組み、心不全とCOPDの併存症管理に関する合同ステートメントを発表しました 。本稿では、その合同ステートメントの背景にある「木洩れ陽2032(COMORE-By2032)」プロジェクトや国の健康政策、心肺リスクという新たな概念について解説します。また、心不全とCOPDが併存する患者の診療上の難しさや現在・今後の治療戦略を整理し、薬剤師として現場でどう貢献できるかをデータと根拠に基づいて考察します。
2025年合同ステートメントの背景:COMORE-By2032と心肺リスクとは
国策と呼吸器学会プロジェクト「木洩れ陽2032」
COPDは長年、日本では「認知度向上」が課題とされてきましたが、近年はさらに早期発見・介入や重症化予防まで含めた総合対策が求められています 。これは国の健康増進計画「健康日本21(第三次)」においても重視されており、COPDはがん・循環器疾患・糖尿病と並ぶ主要な生活習慣病として位置づけられました 。2024年に策定された健康日本21(第三次)では、COPD対策の新目標として「COPD死亡率を2032年までに人口10万あたり13.3人(2021年)から10.0人に減少させる」ことが掲げられました 。
この国家目標を受け、日本呼吸器学会は2023年より**「木洩れ陽2032(Project for COPD MOrtality REduction By 2032)」と銘打ったCOPD死亡率減少プロジェクトを始動しました 。通称「木洩れ陽(こもれび)」と呼ばれるこのプロジェクトでは、目標達成までのプロセスとして「早期受診の促進」や「診断率の向上と適切な治療介入」を目的とした実行モデルを提唱し、自治体・医療機関・薬剤師会など多職種のステークホルダーと協力して潜在患者の発掘・受診勧奨・啓発**に取り組む方針が示されています 。つまり、「喫煙者で咳や息切れが続く人を見逃さず医療につなげ、きちんと診断・治療する」流れを社会全体で作ろうというわけです。
COPDと心血管疾患の深い関係:「心肺リスク」という概念
COPD対策を進める上で着目されたのが、COPDと心臓病との密接な関連性です。COPD患者さんの死亡原因を調べた北海道のコホート研究では、死因の約11%が心血管疾患であり、その心血管死はCOPD重症度が軽度~中等度(GOLD1~2)といった早期の段階から多く認められたと報告されています 。これは、COPD患者では肺の病変だけでなく心臓の病変によっても生命予後が左右されていることを示唆します。実際、COPD患者群は非COPD患者群に比べ、慢性心不全の発症頻度が約8.5倍にも上るとのデータもあり 、COPDと循環器疾患は決して無関係ではありません。
こうした「肺と心臓の複合的なリスク」に対して導入された概念が**「Cardiopulmonary Risk(心肺リスク)」です。この用語は、「COPDにおける増悪発生リスクおよび心血管イベント発生リスク(心肺イベント死を含む)」という意味合いで定義されています 。平たく言えば、COPD患者が呼吸器の増悪を起こすリスクと、それに伴って心血管イベント(心不全悪化や心筋梗塞など)**を起こすリスクを合わせて「心肺リスク」と呼ぶということです。 実際、近年の研究ではCOPD患者が急性増悪を起こすと次回の増悪リスクが高まるだけでなく、30日以内に重大な心血管イベント(死亡を含む)を起こすリスクも有意に増加し、そのリスクが元の水準に落ち着くまで約1年を要したとの報告もあります 。このようにCOPD増悪と心イベントは表裏一体の関係にあり、これらを一括して管理する視点が重要になってきたのです。
しかし残念ながら、こうしたCOPDと心疾患の関連は十分に認知されているとは言えません。COPDは初期には自覚症状に乏しく未診断例が多い上に 、「肺の病気は呼吸器内科、心臓の病気は循環器内科」と診療の専門分野が分かれているため、患者さんの中には両者が併存していても片方しか治療されていないケースが少なくありません。そこで日本呼吸器学会と日本心不全学会は、「心肺リスクを踏まえたCOPD管理の実践ガイド」を共同で策定し、2025年8月に両学会の合同ステートメントとして公表しました 。これは「COPD患者の診療に循環器の視点を、心不全患者の診療に呼吸器の視点を」取り入れる歴史的な一歩と言えます。
心不全とCOPD併存症の現状と診療の難しさ
重なり合う症状と見逃される診断
心不全とCOPDが同時に存在する患者は決して稀ではありません。循環器疾患で通院中の喫煙歴のある患者の約27%にCOPDによる気流閉塞が認められたとの報告もあり 、心臓病の患者さんの中に潜在するCOPDは相当数に上ると考えられます。一方でCOPD患者の約30%には慢性心不全を合併するとも言われ 、COPD患者さんの息切れ症状の裏に心不全が隠れている場合もあります。実際、COPD患者では念のため心電図や血液検査で心不全の有無をスクリーニングし、息切れの原因がCOPDではなく心不全と判明すれば利尿薬で並行して心不全治療を行うケースもあります 。このように両疾患は症状が似通っており(特に労作時息切れは共通の主症状です)、原因の切り分けが難しいために、どちらか一方の診断・治療が遅れてしまう恐れがあります。
さらに厄介なのは、心不全とCOPDが併存するとお互いの病状を悪化させ合う点です。例えばCOPD患者さんが風邪をきっかけに肺の急性増悪を起こすと、それに引きずられるように心不全の増悪(急性増悪による急激な心負荷の増大や低酸素による心筋虚血など)が生じることがあります 。逆に、心不全の悪化で肺うっ血や全身浮腫が進めば、肺機能低下や運動耐容能低下を招いてCOPDの管理が難しくなります。このように心不全とCOPDは悪循環に陥りやすい関係であり、片方だけ治療していてはもう片方の予後悪化を防げない可能性があります。
診断面の課題としては、COPDの未診断問題が挙げられます。冒頭で述べたように、国内のCOPD患者数推計500万人のうち実際に診断治療されているのはごく一部に過ぎません 。特に心不全患者では「症状は全て心不全のせいだろう」と考えられてしまい、喫煙歴があっても肺機能検査(スパイロメトリー)に至らずCOPDが見逃されていることが多いのが実情です。一方でCOPD患者においても、高齢者では運動不足や筋力低下のため心不全を合併していても症状がマスクされやすく、両疾患とも未診断のまま進行してしまうリスクがあります。このような診断の壁を乗り越えるには、医師・薬剤師を含む医療従事者が**「心不全患者にもCOPDの視点を、COPD患者にも心不全の視点を」**常に意識して診療・支援に当たることが重要になってきます。
治療方針のジレンマ:両疾患管理の衝突点
心不全とCOPDの併存患者を治療する際、かつては治療方針のジレンマがいくつも指摘されてきました。代表的なものがβ遮断薬とβ刺激薬の問題です。心不全治療では生命予後改善のためβ遮断薬(例:ビソプロロールやカルベジロール)の投与が標準ですが、COPD患者では気管支を収縮させてしまうβ遮断薬の使用をためらう傾向がありました。同様に、COPD治療で必要となる長時間作用型β2刺激薬(LABA)や抗コリン薬(LAMA)の吸入療法も、心臓に余計な負担(頻脈や不整脈惹起)をかけるのではと懸念される向きがありました。しかし、近年のエビデンスによりこのジレンマはかなり解消されつつあります。日本呼吸器学会のガイドラインでも**「COPD合併の心不全患者でも循環器ガイドラインに準じた治療を並行して行う」**ことが推奨されており、選択的β1遮断薬は肺機能への影響が小さくCOPD併存心不全患者の大多数で安全に使用可能(エビデンスA)と明記されています 。また、安定期COPD患者を対象とした多数の臨床試験の統合解析では、LAMAやLABAといった長時間作用型吸入薬の使用は心不全・虚血性心疾患等の心血管イベントを有意に増加させないことが示されています 。つまり、適切に選択・管理すれば心不全治療にβ遮断薬を用いてもCOPDは悪化させず、COPD治療に長時間吸入薬を用いても心血管リスクは著増しないのです。
もっとも、慎重な配慮は依然必要です。例えば重度のCOPDで慢性低酸素血症やCO2貯留がある場合、利尿薬による急激な脱水や酸塩基平衡の変化が呼吸状態に影響する可能性があります。また吸入ステロイド薬(ICS)はCOPD増悪予防に有用ですが、肺炎リスクを上昇させるため、心不全患者で肺炎を起こすと致命的になりかねません。喫煙習慣に関しても、COPDでは禁煙指導が最重要ですが 、喫煙は心不全を含む動脈硬化性疾患の進行因子でもあり両疾患管理上で避けるべきなのは言うまでもありません。さらに運動療法についても、心不全リハビリテーションと呼吸リハビリテーションの両方の観点から患者さんの状態に合わせた運動指導を行う必要があり、多職種チームでの調整が必要です。
このように心不全×COPD患者の治療では一見トレードオフに見える要素もありますが、最新の知見を踏まえれば適切なバランスをとって両疾患を同時にケアすることが可能です。合同ステートメントが示すのもまさに「どちらか一方を諦めるのではなく両疾患を包括的に管理すること」の重要性であり、次章ではその具体的な戦略について見ていきましょう。
合同ステートメントの歴史的意義:学会の垣根を越えた心肺連携
2025年8月に発表された日本呼吸器学会・日本心不全学会の合同ステートメントは、学会の垣根を越えて心臓と肺を一体として診る時代の幕開けを象徴するものです。その意義は大きく三つあります。
第一に、専門医への強いメッセージです。従来、呼吸器内科医と循環器内科医はそれぞれ自分の専門臓器に集中しがちでした。しかし本ステートメントでは、呼吸器専門医のみならず循環器専門医やプライマリ・ケア医に対しても「心肺リスク」を理解しCOPD管理に注目するよう促すと明記されています 。心不全学会側も「心不全診療において重要な併存疾患であるCOPDの診断と治療の実践」を推進していくと表明しており 、お互いの専門領域に踏み込んだ診療連携が公式に謳われました。これは日本の学会史上画期的なことで、専門分野横断的なアプローチが推奨される時代となったのです。
第二に、ガイドライン同士の連携です。今回、呼吸器学会は心不全学会の協力のもとガイド(実践ガイド)を策定し公開しました 。今後、両学会はお互いのガイドラインや実践ガイドに相互リンクを設置し合う予定とも述べられています 。ガイドラインという公式文書同士がリンクし合うのは極めて珍しく、医療情報の共有と一貫性確保に寄与するでしょう。現に2025年改訂の心不全診療ガイドラインにはCOPD併存患者の管理に関する推奨が盛り込まれ、COPD診療ガイドライン(第6版)にも心血管合併症への対応が記載されています 。このように双方のガイドラインが歩み寄ることで、現場の医師も治療方針の整合性に迷うことなくエビデンスに沿った対応が可能になります。
第三に、国の施策との連動です。前述の「木洩れ陽2032」プロジェクトは健康日本21の目標達成に向けた学会主導の取組みですが、本合同ステートメントの発表はその一環として位置づけられます。換言すれば、学会が国策レベルの目標達成にコミットし、他分野の学会と協働する姿勢を示した点に歴史的な意義があります。COPD死亡率減少という大目標は一学会だけでは到底成し遂げられず、循環器領域やプライマリケアとの連携が不可欠です。実際、ステートメント発表後は両学会共催の講演会や各地の研究会で心不全×COPDをテーマにした教育セッションが増え、医師だけでなく薬剤師・看護師・リハビリスタッフ向けにも啓発が進められています。こうした動きは心不全とCOPDを一体として捉える新たな医療文化の形成につながるものであり、将来の患者ケアに大きな影響を与えるでしょう。
現在および今後の治療戦略:心不全×COPDを包括するアプローチ
心不全治療の最新トピック:SGLT2阻害薬を含む包括的治療
心不全治療は近年大きく進歩し、“四本柱”と呼ばれる薬物療法が確立されました。すなわち、①レニン-アンジオテンシン系阻害(ACE阻害薬/ARBあるいはARNI), ②β遮断薬, ③MRA(抗アルドステロン薬), ④SGLT2阻害薬の4種類です 。特にSGLT2阻害薬(エンパグリフロジンやダパグリフロジン等)は本来糖尿病薬ですが、心不全患者(糖尿病の有無を問わず)で心血管死や心不全悪化を減らす効果が相次いで実証され、2020年代に心不全治療ガイドラインに組み込まれた新星です 。日本循環器学会の2025年改訂版ガイドラインでは、HFrEF(駆出率低下型心不全)だけでなくHFmrEF(中間域)やHFpEF(駆出率保たれた心不全)に対してもSGLT2阻害薬を投与し予後改善を図ることが推奨されました 。このように心不全領域では薬物療法の選択肢が増え、従来は有効策が限られていたHFpEF(いわゆる“かくれ心不全”)にも有望な治療手段が登場しています。
SGLT2阻害薬は利尿作用や体重減少効果を持ち、心不全患者の呼吸困難や浮腫を改善しうる点でCOPD併存例にも恩恵が期待できます。実際、心不全患者に糖尿病や慢性腎臓病がある場合の予防的投与も推奨されるようになっており 、**「心臓も腎臓も肺も一緒に守る」**スタンスの薬剤と言えるでしょう。もっとも、SGLT2阻害薬は血糖低下作用や脱水リスクもあるため、高齢COPD患者では低血糖によるフレイル悪化や痰液粘稠化に注意しつつ導入する必要があります。
薬物以外では、植込み型デバイス(ペースメーカーや除細動器)や心臓再同期療法(CRT)といった非薬物療法も心不全治療に不可欠です。加えて、適切な運動リハビリや**食事療法(減塩や栄養改善)**も心不全管理の柱です。COPD併存患者ではリハビリ中に呼吸困難が悪化しないよう酸素吸入や休息を適宜取り入れる、栄養面では低栄養・サルコペニアを防ぐ高エネルギー・高たんぱく食を指導するなど、心不全治療計画に呼吸器科的視点を組み込むことが求められます。
COPD治療の進歩:吸入療法と増悪予防の重要性
COPD治療の要といえば、まず禁煙、そして吸入薬です。禁煙はそれ自体が肺機能悪化スピードを半減させる最重要介入であり 、すべてのCOPD患者で徹底すべき基本中の基本です。薬物療法では、現在気管支拡張薬の吸入療法が主流となっています 。長時間作用性抗コリン薬(LAMA)と長時間作用性β2刺激薬(LABA)はCOPD管理の二本柱で、症状や肺機能に応じてLAMA単独→LAMA+LABA併用へと段階的に強化するのが一般的です 。具体的には、チオトロピウムやグリコピロニウム等のLAMAと、インダカテロールやサルメテロール等のLABAを組み合わせた配合吸入薬(例:ウルティブロ®、スピオルト®、アノーロ®など)が広く用いられています 。これらの吸入薬により気道が拡張すると1秒量(息を吐く力)が改善し、息切れや咳・痰の症状緩和、運動耐容能の向上が期待できます 。
また、COPDの中でも喘息を合併しているケース(ACO:喘息-COPDオーバーラップ)や、頻回に急性増悪を起こす重症例では吸入ステロイド薬(ICS)の併用が推奨されます 。ICSを含む三剤配合吸入薬(例:トリメブレス®、テリルジー®など)は気道の炎症を抑え、増悪予防効果を発揮します。ただし前述のとおりICS使用時は肺炎発症に注意が必要で、特に心不全併存患者では肺炎予防策として肺炎球菌ワクチンやインフルエンザワクチンの接種が重要です 。ワクチン接種はCOPD患者の急性増悪を減らし 、ひいては心不全増悪の誘発リスクも低減するため、両疾患の予防的介入として積極的に推奨されます。薬剤師もワクチン接種の啓発に関与できる場面があるでしょう。
さらに呼吸リハビリテーションもCOPD治療の重要な柱です。筋力トレーニングや呼吸筋訓練により息切れ閾値を上げ、ADL(日常生活動作)の改善や増悪予防に繋がります。心不全患者に対する心臓リハビリと共通する要素も多く、心肺リハビリテーションとして統合的に取り組むことで相乗効果が期待できます。例えば、歩行訓練では酸素吸入や休息を挟みつつ少しずつ距離を延ばし、心肺持久力の強化と下肢筋力の維持を図ります。栄養療法も組み合わせ、必要に応じて在宅酸素療法(HOT)を導入することで、自宅でも患者さんが安定した呼吸状態でリハビリ・生活できるよう支援します。
このように心不全とCOPDを併せ持つ患者では、「心不全の治療をしながらCOPDも治療する」という二正面作戦が欠かせません。一見大変そうですが、前述のようにβ遮断薬と吸入薬の併用も十分可能であり 、適切な管理下では両疾患の治療目標を同時に追求できます。むしろCOPDを放置すれば心不全治療もうまくいかず、心不全を放置すればCOPD管理もうまくいかないため、両方をしっかり治療することこそが患者さんのQOLと予後を最大化する近道なのです。
心不全×COPD時代における薬剤師の具体的な役割
服薬管理:ポリファーマシーへの目配りとアドヒアランス向上
心不全とCOPDの併存患者では、前述の通り処方される薬剤数がどうしても多くなりがちです。利尿薬やβ遮断薬、SGLT2阻害薬などの心不全薬に加え、複数の吸入薬や去痰薬、場合によっては在宅酸素など、治療が総合的になるほど服薬管理は複雑化します。薬剤師はこのポリファーマシー(多剤併用)を適正化し、患者さんのアドヒアランス(服薬遵守)を維持・向上させる要役を担います 。具体的には、処方歴を一元的に把握して重複投与や相互作用のチェックを行い、副作用リスクを最小化するよう提案します。例えば、COPD治療でテオフィリン製剤が処方されている場合、心不全治療薬との相互作用(テオフィリンとβ遮断薬の拮抗など)や不整脈リスクに配慮し投与量の調整や血中濃度モニタリングをサポートします。また、カルベジロールのような非選択的β遮断薬がどうしても必要な場合には、気道への影響を最小限にするため吸入治療との時間間隔を工夫したり、症状コントロールに応じて漸増ペースを調整するなどきめ細かく対応します。
患者さん自身や家族への指導も重要です。心不全薬は飲み忘れや自己中断があるとすぐに症状悪化や再入院に繋がりかねませんし、COPDの吸入薬も継続使用が増悪予防に直結します。薬剤師はお薬カレンダーや一包化の活用、服薬タイミングの生活への組み込み方の助言などを通じて、無理なく続けられる服薬計画を一緒に考えます。とくに高齢者では認知機能の低下や視力・手先の巧緻性低下も考慮し、**「朝夕2回の吸入薬は朝食後・夕食後にまとめる」「粉薬は嚥下困難ならシロップに変更」**など柔軟な工夫を提案します。こうした介入により、患者さんが自身の治療を主体的かつ確実に実践できる環境を整えることが薬剤師の使命です。
吸入指導:正しい手技の定着と症状コントロール
COPD治療で欠かせない吸入療法ですが、吸入手技の習熟度によって薬効には大きな差が出ます。いくら良い薬でも、吸入の仕方が間違っていれば十分な薬剤が肺に届かず効果を発揮できません。近年、喘息・COPD治療では吸入薬が中心となっており、患者自身が薬を正しく理解し適切に吸入することで初めて治療効果が十分に引き出されます 。そのため、医師・薬剤師・看護師などが協力して継続的に吸入指導を行い、患者さんの手技をチェックし続けることが不可欠です 。薬剤師は吸入指導のエキスパートとして、処方時にデモ機材を用いて吸入器の使い方を一から説明し、実際に患者さんに吸入してもらって正しく吸入できているか確認します 。吸入器の種類ごとに操作方法(吸うタイミングや吸気のスピード、うがいの要否等)は異なるため、機種ごとにポイントを押さえて指導します。例えばドライパウダー吸入(DPI)では「勢いよく深く吸う」こと、エアロゾル式(pMDI)では「同調してゆっくり吸う」ことなど、患者さんが間違いやすい点を何度も練習してもらいます。指導の最後には患者さん自身に**「今のやり方で合っていましたか?」**と声に出してもらい、自己チェックの習慣づけも図ります 。
継続的なフォローも大切です。一度できたつもりでも時間が経つと自己流に戻ってしまうことが多々あるため、外来受診や薬局来局のたびにワンポイント振り返りを行います。「吸入器をしっかり振っていますか」「最近トリガーはちゃんと鳴っていますか(※レスピマット等、吸入の合図となるクリック音の確認)」など具体的に問いかけ、習慣の乱れがないかチェックします。もしコツを忘れていればその場で再指導し、新しいデバイスに変更になった時も改めて指導をします。こうした薬剤師の関与により、吸入療法の効果を最大化しCOPDの増悪防止や症状コントロールの維持につなげることができます 。なお吸入指導の際は、吸入後のうがい(ステロイド薬の場合は口腔カンジダ症予防のため必須)や、定期受診の重要性(症状なくても自己中断しないこと)についても併せて説明し、患者さんの自己管理能力を高めていきます。
在宅・地域でのケアと多職種連携:橋渡し役として
心不全とCOPDを併せ持つ患者さんの多くは高齢で、病状が進行すると入退院を繰り返したり在宅療養へ移行したりします。そうした場面で重要なのが医療職間の連携と情報共有です。薬剤師は病院と地域をつなぐ橋渡し役として、退院時にお薬手帳や退院サマリーで治療内容を把握し、地域のかかりつけ医や訪問看護師と共有します。例えば退院後の処方薬が入院前と変わっていれば、処方医に問い合わせて変更意図を確認し、患者さんや家族にも伝えて不安を取り除きます。また在宅酸素療法中の患者宅を訪問した際には、酸素ボンベの残量や使い方、安全管理(引火に注意した喫煙指導など)も確認します。もし浮腫悪化や息切れ増加など心不全・COPD双方の増悪兆候が見られれば、すぐ主治医に報告し早期受診につなげます。このように薬剤師が在宅医療チームの一員として目を光らせることで、状態悪化の芽を摘み再入院予防に貢献できます。
さらに地域レベルでは、薬剤師は住民への啓発やスクリーニングにも関与できます。健康イベントや薬局での相談対応時に、「息切れが気になる方に簡易スパイロ検査を案内する」「長年の喫煙歴がある方にCOPDを説明し肺の検査を勧める」など、潜在するCOPD患者の掘り起こしをサポートします 。健康日本21のCOPD死亡率減少目標を達成するには、医師だけでなく薬剤師会を含む多職種が協力し、潜在患者の早期発見や受診勧奨、疾患啓発に取り組む必要があるとされています 。まさに薬剤師はその前線に立つ存在であり、地域住民から相談されやすい身近な専門職として、「その息切れ、年のせいではなく病気かもしれませんよ」と気付きを与える役割を果たせます。
他職種連携の場では、カンファレンスで薬剤の専門知識を提供したり、在宅患者の情報を病院薬剤師と共有する「地域連携シート」を活用したりと、職種間の架け橋となることが期待されています 。特に心不全ではチーム医療が重要視されており、そのメンバーに薬剤師が参画することで服薬管理や患者教育の面で大きな効果を上げるとの報告もあります 。COPDにおいても、吸入指導や禁煙支援で薬剤師が関わる意義は高く評価されています 。つまり心不全×COPD時代における薬剤師は、患者中心の包括ケアを多職種で実現するためのキープレーヤーなのです。
おわりに:薬剤師だからできる「心肺統合ケア」
心不全とCOPDの併存は高齢患者で珍しくなく、両疾患が重なることで予後が悪化することが明らかになってきました 。こうした中、2025年の合同ステートメントは心臓と肺を切り離さずに診る重要性を示し、医療界に新たな方向性を示しました。薬剤師は、その実現に向けて現場で活躍できる立場です。服薬管理では多剤併用を整理し、患者さんが治療を継続できるよう支えます。吸入指導では正しい手技を定着させ、薬の効果を最大限引き出します。在宅・地域連携では潜在患者の発見からチーム医療の潤滑油まで、幅広く貢献できます。呼吸器学会プロジェクトが目指すCOPD死亡率の低減 も、心不全学会が目指す心不全再入院減少も、薬剤師の力なくしては成し遂げられません。
幸い、エビデンスはそろっています。「心不全があってもCOPDを治療する」「COPDがあっても心不全を治療する」――この両立はもはや矛盾ではなく、患者さんの未来を守る上で必要不可欠なアプローチです。私たち薬剤師も日々の業務で心肺双方にアンテナを張り、多職種と協働しながら心肺統合ケアの担い手として役割を果たしていきましょう。それがヤクマニ読者である薬剤師にとって、臨床現場で患者さんのQOLと生命を守る最前線に立つ醍醐味ではないでしょうか。


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