夜間せん妄とBPSD、どう違う?夜になると騒ぎ出す…それ、BPSD? それとも“夜間せん妄”?

夜間せん妄とBPSD、どう違う? 認知症
夜間せん妄とBPSD、どう違う?
見分け方を間違えると、薬も対応もズレてしまう。

はじめに ― この記事で得られること

  • 夜間せん妄とBPSDの違いを、時間軸と症状の特徴から見分ける方法

  • なぜ夜間せん妄に薬を使うと危ないのか、その理由とリスク

  • 薬剤師としてできること、薬以外のアプローチと具体的提案のしかた


「夜になると不穏になる」=すぐにBPSDとは限らない

在宅や施設の現場で、「夜に騒ぎ出す」「落ち着きがない」「怒りっぽくなった」という訴えを聞いたことはありませんか?

多くの人は「認知症によるBPSDかな」と考えがちです。

けれど実は、それが“夜間せん妄”だったというケースが少なくないのです。

BPSD(認知症に伴う行動・心理症状)と夜間せん妄では、対応の優先順位も、薬の選び方も大きく異なります。

薬剤師としての介入の第一歩は、「この人が今見せている症状は、どちらのサインなのか?」を正しく見極めることです。


時間軸で見分ける ― 急に出たか、ゆっくり出たか?

夜間せん妄の大きな特徴は、急性に出現することです。

昨日までは落ち着いていたのに、急に怒りっぽくなった、夜中に歩き回るようになった――このような数時間〜数日の変化であれば、夜間せん妄を疑うべきサインです。

一方、BPSDはゆっくりと現れ、日中も夜も関係なく症状が続きます。

たとえば、以前から幻覚を訴えていたり、徐々に介護拒否が強くなってきていたという場合は、BPSDの可能性が高くなります。


夜になると悪化する ― なぜせん妄は夜に強まるのか?

せん妄が夜に悪化しやすいことは、医学的にもよく知られています。

「日没症候群(サンダウニング)」という言葉で表現されることもあります。

理由はいくつかあります。

まず、夜は照明が暗くなり、視覚や聴覚から得られる情報が減るため、周囲の状況が分かりにくくなります。

また、高齢者や認知症の方では、体内時計(概日リズム)が乱れていることが多く、夜間に興奮や混乱が強まりやすくなります。

さらに、夜は病院や施設でもスタッフの人数が少なくなり、対応も遅れがちになります。

不安や孤独感が高まり、せん妄症状を助長する要因になります。

加齢によってメラトニン(睡眠ホルモン)の分泌も減少しており、睡眠の質が低下していることも背景にあります。


「薬を出して落ち着かせる」は本当に正解?

夜間せん妄のような急性の不穏行動を目にすると、「まずは薬で落ち着かせよう」と考えることがあります。

しかし、その判断は慎重であるべきです。

なぜなら、夜間せん妄に抗精神病薬を使うことで、かえって状況を悪化させてしまう可能性があるからです。


なぜ夜間せん妄には薬を使わない方がいいのか?

理由1:原因は“脳の混乱”、薬では治らない

夜間せん妄は、脱水・感染・便秘・疼痛・薬剤の副作用など、何らかの外的要因によって脳の情報処理が一時的に乱れている状態です。

つまり、本来は原因を見つけて取り除けば自然と改善する可能性が高いのです。

ここで抗精神病薬を使っても、脳の混乱自体は治らず、症状を一時的に“抑え込む”だけになってしまいます。

しかも、その“静かさ”が改善と誤認されやすく、後の対応を遅らせることもあります。

理由2:高齢者では副作用が命取り

抗精神病薬による過鎮静・ふらつき・嚥下反射の低下は、高齢者にとって致命的なリスクとなります。

たとえば:

  • 転倒 → 骨折 → 寝たきり

  • 過鎮静 → 水分摂取や排便が滞る → さらにせん妄が悪化

  • 嚥下機能の低下 → 誤嚥性肺炎 → 入院・死亡リスク上昇

「落ち着いたと思ったら、数日後に入院になった」

これは決して珍しい話ではありません。

理由3:いったん始めたらやめにくくなる

抗精神病薬を投与すると、多くの場合「静かになった」という即時的な反応が得られます。

これが逆に判断を難しくします。

「効いているようだから、続けておこう」

「不穏になったらまた使えばいい」

そうしているうちに、必要のない薬が漫然と継続されてしまうことになります。

本来、一過性で済むはずだった“混乱”が、“慢性的な鎮静状態”に変わってしまうのです。


では、薬剤師はどう関わるべきか?

夜間せん妄かもしれない――そう気づいたとき、薬剤師にできることはたくさんあります。

単に「薬を使うな」と言うのではなく、チームにとって“実践的な判断材料”や“調整のヒント”を提供することが私たちの仕事です。

1. 原因となりうる薬剤のチェックと代替提案

まずは、最近開始・増量された薬をチェックします。

特に注意すべきは抗コリン作用のある薬(例:ジフェンヒドラミン、トリヘキシフェニジルなど)や、ベンゾジアゼピン系睡眠薬です。

もしそれらが該当し、夜間不穏が重なるようであれば、次のように提案します:

「ドリエル(ジフェンヒドラミン)を寝つき目的で追加されたようですが、抗コリン作用が強く、せん妄の誘因となりえます。夜間不穏が始まったタイミングとも一致していますので、まずは中止をご検討いただけませんか?

代替としては、抗コリン作用が少なく比較的安全性が高いラメルテオンやスボレキサントの低用量使用も選択肢となります。

いずれにせよ、薬に頼らず昼夜逆転の調整や環境因子の見直しも併せて進めると効果的かと思います。」

2. 身体的トリガーの評価と介入の後押し

便秘、尿閉、脱水、感染症(特に尿路感染)は、夜間せん妄を悪化させる主要因です。

看護師・医師に確認を依頼する際はこう伝えます:

「水分摂取が減っていて、排便も2日ほどないとのことです。せん妄の一因になっている可能性があるため、便通調整や水分量の見直しもご検討いただけると助かります。」

3. 環境要因の調整を介護スタッフと共有

夜間せん妄は、「環境で改善できるせん妄」です。

以下のような提案が有効です:

  • 完全な暗闇を避け、足元照明を活用

  • トイレまでの導線を明るく、安全に

  • 時計やカレンダーをベッド周囲に設置

  • 見守りセンサーの活用

  • 「ここは大丈夫な場所です」と安心感のある声かけ

4. チームに「これはせん妄かもしれません」と視点を共有する

診断はできなくても、「これはBPSDではなく夜間せん妄の可能性があるかもしれません」と視点を伝えることは薬剤師にも可能です。

この一言で、処方方針が変わることもあります。

5. どうしても薬が必要なときは、“最小用量・最短期間”の設計提案

頓用での対応、小児用錠を活用した微量投与、評価期間の設定など、

“やめやすい設計”を処方設計に取り入れるよう働きかけましょう。


まとめ ― 落ち着かせることが目的になっていませんか?

“夜に騒がしくなる”

それは、「この人が今、何か助けを求めているサインかもしれない」という視点を、私たちに投げかけてくれています。

急に出たのか、もともと続いているのか。

夜間にだけ悪化するのか、日中も同じなのか。

環境が変わっていないか、薬が追加されていないか。

このような問いを立てていくことが、薬剤師の介入の第一歩です。

そして夜間せん妄では、「薬を出さない」という選択肢こそが、

その人のQOLを守る、最も確かな介入になることもあるのです。

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薬剤師。ヤクマニドットコム編集長。
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※本記事は薬学生および薬剤師など、医療関係者を対象とした教育・学術目的の情報提供です。医薬品の販売促進を目的としたものではありません。
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