ついに“進行を遅らせる”薬が現れた──それがアデュカヌマブとレカネマブです。
本記事では、抗アミロイド抗体薬の開発史、期待と批判、そして未来への布石を詳しく解説します。
抗アミロイド抗体薬の意義と限界(アデュカヌマブ、レカネマブ)
21世紀も後半に差し掛かろうとする現在、認知症治療は新たな局面を迎えています。
それが抗アミロイドβ抗体薬の登場です。
アルツハイマー病の脳に蓄積するアミロイドβ蛋白(Aβ)は古くから病因の有力仮説(アミロイド仮説)とされ、これを除去すれば病気の進行を食い止められるのではと期待されてきました。
2000年代にはワクチン療法など様々なAβ標的治療が試みられましたが、炎症性副作用や効果不十分で相次ぐ挫折を経験しています。
しかし2020年代に入り、大規模臨床試験で初めて有意な臨床効果を示す抗体薬が現れたのです。
その筆頭が**アデュカヌマブ(製品名アデュヘルム)とレカネマブ(製品名レケンビ)**です。
アデュカヌマブは米バイオジェンとエーザイが開発した抗Aβ抗体で、投与により脳内のアミロイドプラークを劇的に減少させることが確認されています。
臨床試験では賛否両論の結果でしたが、一部で認知機能低下の抑制効果が示唆されたため、2021年6月にFDAが条件付きながら承認しました 。
これは18年ぶりのアルツハイマー病新薬であり、初の疾患修飾薬(DMT)として画期的と期待されました。
しかし承認時点で臨床的有用性への疑義が残っていたこと、年間数百万円ともいわれる高額な薬価、さらには投与患者の**40%以上に脳浮腫や微小出血といった副作用(ARIAと総称)**が発生するリスクが判明し、米国でも医療保険が適用を渋る事態となりました。
またFDAの承認プロセスが通常と異なり、諮問委員会メンバーの強い反対を押し切ったかたちだったため、委員3名が抗議の辞任をするという異例の事態にもなりました。
欧州や日本ではこの薬の承認申請は慎重に審議され、2023年時点で日本では未だ承認に至っていません 。
一方、レカネマブはエーザイとバイオジェンの共同開発した抗体で、アデュカヌマブと同様にアミロイドを除去する薬ですが、より早期の可溶性Aβ凝集体を標的とする点が特徴です。
2022年に行われた大規模第III相試験(Clarity AD試験)で、レカネマブ投与群は18か月後の認知機能低下がプラセボ群より27%減速し、統計的にも臨床的にも有意な効果を示しました。
この結果はアルツハイマー病コミュニティに大きな希望をもって迎えられ、2023年1月に米FDAが迅速承認、7月には通常承認を行いました。
日本でもエーザイが申請し、2023年9月に「早期アルツハイマー病(MCIおよび軽度認知症)の進行抑制」の効能で承認を取得しています。
レカネマブは比較的副作用リスクが低いとされますが(それでも12.6%の患者にARIA-E(脳浮腫)が発現)、効果も「あくまで進行を数か月~半年遅らせる程度」との見方が一般的です。
これら抗アミロイド薬の意義は極めて大きいと言えます。
まず、アルツハイマー病の根本病態(アミロイド蓄積)を直接狙った初の治療が実現した点です。
アミロイド仮説の検証としても、「アミロイドを除去すれば臨床症状の進行を遅らせられる」ことを初めて示した意義は計り知れません。
また、世界中で繰り返された治験の失敗を乗り越えたことは、研究者や患者・家族に希望をもたらしました。
ある専門家は「夜明け前の一筋の光が差した(The dawn of disease modification)」と表現しています。
抗体薬という新たなモダリティは今後の創薬の足掛かりにもなるでしょう。
しかし同時に明確な限界も存在します。
第一に、効果が限定的であることです。
認知機能スコアの低下曲線をわずかに緩やかにするに留まり、症状が改善するわけではありません。
投与を続けても数年後には結局プラセボ群と同程度にまで能力が低下する可能性も指摘されています。
つまり**「根治」には程遠いのです。
第二に適応患者の限定です。
臨床試験では軽度認知障害(MCI)や軽度アルツハイマー病の患者が対象であり、中等度・重度では効果が証明されていません。
また投与開始にはPETや髄液検査でアミロイド病理の有無を確認する必要があり、医療体制の整った施設でなければ導入できません。
第三にコストと負担**です。
薬剤費用は極めて高額で、さらに点滴投与を2~4週毎に長期間行う必要があります。
患者・介護者の通院負担も大きく、社会的コストの観点からも課題があります。
第四に、安全性の問題です。前述のARIA(アミロイド関連画像異常)と総称される脳浮腫や微小出血は無視できない頻度で発生し、ときに頭痛や錯乱など症状を呈します。ごく少数ながら死亡例の報告もあり、ハイリスク患者への適正使用が強く求められます。
こうした点から、抗アミロイド抗体薬は**「待望の新薬だが慎重な評価が必要な治療」**と言えます。
エーザイはレカネマブについて「疾患の経過に本質的な変化をもたらす初の薬」と意義を強調していますが、一方で投与適応の見極めや患者・家族への丁寧な説明が欠かせません。
現場の薬剤師にとっても、この新たな選択肢を正しく理解し、副作用モニタリングや治療継続支援に関与する役割が期待されています。
なお、抗アミロイド薬はこれで終わりではありません。
エーザイ/バイオジェンに続き、エーライリ社のドナネマブという抗体も2023年に良好な試験結果を報告し、認知症状の進行を35%程度抑制したと発表されています 。
今後数年でさらなる抗体薬が登場し、いずれは複数の抗体を併用する時代が来るかもしれません。
その際には作用メカニズムや標的の違いを踏まえて薬剤師がレジメンデザインに貢献する場面も考えられます。
抗アミロイド療法は完璧な解決策ではないものの、新たな地平を切り拓いたことは間違いありません。
今後の改良や次世代療法(例えば抗タウ抗体やワクチン、遺伝子治療など)につながる第一歩として注目されているのです。
完治はまだ遠いものの、光は見えてきた──。
最終回では、認知症治療の“目的”を見つめ直し、私たちが何を目指すべきかを考えます。
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