アルツハイマー型認知症に対するドネペジルの効果とその限界

認知症

軽度アルツハイマー病における効果(軽症期)

アルツハイマー型認知症の初期(軽度)では、ドネペジル(商品名アリセプト)は記憶力を含む認知機能の低下を緩やかにし、一部では僅かながら改善させる効果が認められています。

実際に、多くの厳密な臨床試験(プラセボ対照のRCT)で、ドネペジルを服用した軽症の患者は偽薬(プラセボ)の患者よりも記憶や認知のテスト成績が良好でした。
例えば、日本で行われた24週間の試験では、ドネペジル5mgを服用したグループは記憶・認知機能テスト(ADAS-Jコグ)の点数が開始後12週間ほどで有意に改善し、最終的にはプラセボ群より平均約2.4点良い成績を示しました。

この差は大きくはないものの統計的に確かな効果であり、複数の試験結果をまとめたメタアナリシスでもドネペジルの有効性(記憶機能を含む認知機能のわずかな改善)が確認されています。

軽症期の患者ご本人や家族からは、「物忘れの進行が遅くなった」「最近あった出来事を少し思い出しやすくなった」といった変化が報告されることがあります。
ただしその効果はあくまで穏やかで、劇的に記憶力が元通りになるわけではありません。

中等度アルツハイマー病における効果(中期)

中等度(中期)のアルツハイマー病でも、ドネペジルは記憶障害の進行を遅らせる効果が示されています。

軽度~中等度を対象にした複数のRCTでは、ドネペジル投与群の方がプラセボ群より記憶・認知機能テストの結果が良好で、患者の全体的な状態もわずかに良いと評価されています。
効果の大きさは軽症期に比べて若干小さくなる傾向がありますが、それでも統計的に有意な差が確認されています。

具体的には、認知機能を評価する簡易テスト(MMSE)のスコアで見ると、中等度の患者でもドネペジルを飲んでいる方がプラセボより平均1ポイント程度高く維持できたという解析結果があります。
1ポイント程度の差は小さいように思えますが、中等度の段階ではこの違いが「できること」を長く保つ助けになる場合があります。

例えば、日常会話の中で簡単な出来事を覚えておける時間が延びたり、本人が自分の名前や身の回りのことを認識する力が長持ちしたりすることにつながると期待されています。

重度アルツハイマー病における効果(後期)

重度(後期)のアルツハイマー病になると記憶障害は非常に深刻になりますが、その段階でもドネペジルの投与によりわずかながら認知機能の維持に効果があることが臨床試験で示されています。

重度患者を対象とした国内外のRCTでは、ドネペジル10mgまで増量することで、プラセボよりも認知機能テストの点数が有意に良い結果となりました。
例えば、日本の高度(重度)アルツハイマー病患者302例の試験では、重度認知症用の評価(SIB:重度障害バッテリー)のスコアや全般的な臨床症状評価において、ドネペジル10mg群がプラセボ群よりも有意に優れていたと報告されています。

重度期では記憶力そのものを取り戻すのは困難ですが、ドネペジルにより残存しているわずかな記憶・認知機能を引き延ばす効果が期待できます。
実際、中等度から重度の患者を対象に1年間ドネペジルの継続投与を検討した研究(DOMINO試験)でも、薬を続けた方が中止した場合より認知機能や日常生活動作の低下が緩やかだったことが示されています 。

これらの結果から、重度の段階でもドネペジルを続けることで記憶障害のさらなる悪化を遅らせ、患者の反応や日常のわずかな認知機能を支える効果が期待できると考えられています。

効果が現れる時期と持続期間

ドネペジルの効果は服用開始後すぐに実感できるわけではなく、効果が現れ始めるまでに数週間から数ヶ月かかります。

臨床試験のデータでは、投与開始から約12週間(3ヶ月)した時点で、記憶・認知機能のテスト成績にプラセボとの差がはっきり表れています。
先述の国内試験でも12週後からドネペジル群のスコア改善が確認されました 。
現場の実感としても、1ヶ月程度ではまだ変化がわからなくても、3ヶ月ほど経つと「物忘れの程度が少し落ち着いた」「会話の受け答えがわずかにしっかりした」などの声が聞かれることがあります。

効果の持続期間については、薬を飲み続けている限り一定期間維持されますが、臨床試験では主に6ヶ月程度までの経過が評価されています。
6ヶ月の試験では、ドネペジル群は開始前より記憶・認知テストの点数が改善した状態を保ち、プラセボ群では逆に低下したため、両者に有意な差がついていました。

さらに長期では、先述のDOMINO試験のように1年間継続して効果を比較した研究もあり、少なくとも1年程度は認知機能低下の進行を遅らせる効果が続くことが示唆されています。

ただしドネペジルは根本的な治療薬ではないため、長期的にはアルツハイマー病自体の進行を止めることはできません 。
つまり、薬で一時的に記憶障害の悪化を遅らせたりわずかに改善したりしても、数年スパンで見れば少しずつ症状は進行していきます。

しかし、ドネペジルを使うことで「本来より数ヶ月から一年程度、症状の進行を遅らせる」ことが期待でき、患者さんの今ある記憶・認知機能をできるだけ長く維持する手助けになると考えられています。

効果の限界と個人差、使用上の注意点

ドネペジルの記憶障害に対する効果はあくまで限定的で、人によって差があります。

臨床試験の結果が示す通り、その改善幅は数ポイントのスコア改善といった**「控えめな効果」であり 、患者や家族から見て明確に「良くなった」と感じるかどうかはケースバイケースです。
一部の患者さんでは記憶力や日常会話の反応がわずかに向上し、ケアする側も効果を実感できることがありますが、別の患者さんでは目立った改善が見られず進行が少し緩やかになる程度かもしれません。

したがって、ドネペジルに過度な期待を抱かず、「進行を遅らせて現状の機能を維持するための薬」であると理解することが重要です。
効果判定も難しい場合がありますが、通常投与後2~3ヶ月**を目安に医師が症状の変化を評価し、効果が乏しければ継続するかどうか検討されます 。
逆に明らかな効果があれば、そのまま服用を続けることでベネフィットが持続すると考えられます。

また、個人差だけでなく副作用や注意点についても理解しておく必要があります。

ドネペジルは比較的安全に使える薬ですが、一部の患者には副作用が現れることがあります。
多く見られるのは消化器系の症状で、具体的には食欲不振、吐き気、嘔吐、下痢などが数%程度の患者にみられます 。これらは軽い症状であることが多く、服用を続けるうちに慣れる場合もありますが、強い症状が出た場合は医師に相談し、必要に応じて休薬や減量を検討します。

まれに興奮や不眠など精神症状が出るケースも報告されていますが 、頻度は高くありません。
心臓への影響(徐脈など)もごく稀にありますので、既往症によっては医師が慎重に判断します。

ケアマネジャーや介護に関わる方々は、利用者がドネペジルを服用している場合、こうした副作用症状の有無や日常の様子の変化に注意を払い、異常があれば医療者に報告することが大切です。

まとめると、ドネペジルはアルツハイマー型認知症の軽度・中等度・重度いずれの段階でも記憶障害を含む認知機能の悪化を緩和する効果がエビデンス(RCTやメタアナリシス)によって示されています。

効果は穏やかで個人差があり、改善が実感できるまでに数ヶ月を要しますが、適切に使用すれば記憶・認知機能の維持期間を延ばすことに寄与します。
その際、副作用にも目を配りつつ、患者さん本人の状態や周囲の負担を総合的に考えて継続投与の是非を判断することが重要です。

ドネペジルは決して病気自体を治す薬ではありませんが、「思い出を支えるお薬」として、患者さんの尊厳ある生活を少しでも長くサポートする手段の一つとなっています。

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※本記事は薬学生および薬剤師など、医療関係者を対象とした教育・学術目的の情報提供です。医薬品の販売促進を目的としたものではありません。
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