スタチンの歴史と発見(第2部)ー副作用論争とその反証

心筋梗塞

はじめに:揺れ動くスタチンの評価

「コレステロールの薬は本当に必要なのか?」――ある有名人の発言やメディア報道をきっかけに、高コレステロール血症治療薬スタチンを巡る副作用論争が巻き起こりました。心筋梗塞や脳卒中予防に広く使われてきたスタチンですが、一部では「スタチン不要論」や「製薬会社の陰謀」といった極端な主張が飛び交い、医療者や患者を戸惑わせました 。本記事では、スタチンの副作用として取り沙汰される筋障害や糖尿病リスク上昇に関する議論の背景を振り返り、それらに対する科学的エビデンスからの反証を示します。当時臨床現場で混乱した医療者たちが、いかに事実に基づいてスタチンを評価し直したか、そのストーリーを追ってみましょう。

副作用論争の背景:スタチンに何が起きたのか

スタチンは1980年代末から登場し、「血中LDLコレステロールを下げて動脈硬化を抑える」画期的な薬として普及しました。しかしその一方で、副作用への懸念も根強く存在します。特に筋肉痛や筋力低下、横紋筋融解症(ミオパチー系副作用)や、糖尿病発症リスクのわずかな上昇は、1990年代から専門家の間で指摘されてきた問題です。

こうした副作用情報は長らく専門家の間で議論されてきましたが、2010年代前半から中盤にかけては一部週刊誌や一般向けメディアでも大きく取り上げられました。たとえば、週刊誌が「スタチンで筋肉が溶ける」「糖尿病になるリスク!」とセンセーショナルな見出しを掲げ、多くの患者さんが不安を感じた時期もありました。この時期、「スタチンは危険」「飲んではいけない」という極論が一部で独り歩きし、“スタチン=悪者”というイメージが広がったのです。

スタチン副作用論争でまず槍玉に挙げられたのが、筋障害です。患者さんから「スタチンを飲み始めたら筋肉痛が出た」「筋力が落ちた気がする」といった訴えを聞くことは、臨床でも珍しくありません。稀ながら横紋筋融解症という重篤な副作用の可能性も周知されており、この恐怖心が「スタチン不要論」の原動力の一つとなりました。

確かに、スタチン服用患者の約2~3割が何らかの筋肉痛やだるさを経験すると報告されています。しかし重要なのは、同程度の筋症状はプラセボ(偽薬)を飲んでいる人にも起こっていたという事実です 。2022年の大規模メタ分析では、スタチン群の27.1%に筋痛・筋力低下が報告された一方、プラセボ群でも26.6%に同様の症状が見られました 。わずかな差しかなく、多くの筋症状はスタチンそのものよりも、加齢や運動、思い込み(ノセボ効果)など他の要因で説明できる可能性があります。この結果は「スタチンを飲んでいる=筋肉痛は薬のせい」と単純には結び付けられないことを示しています。

では、本当にスタチンで筋肉が“溶けて”しまうリスクはどれほどあるのでしょうか?重篤な横紋筋融解症の発生率はごく低く、一般的なスタチン療法では0.001%程度(10万人に1人程度)と報告されています 。過去にベイフィブ(セルビスタチン)のように横紋筋融解症が多発して販売中止になった薬もありましたが、それは他剤との相互作用や極端な高用量使用による特殊なケースでした。現在使用されているスタチンでは、通常用量で適切に使えば横紋筋融解症は極めてまれな“万が一”の副作用です 。医師は念のため筋肉痛や尿の茶色化などの症状出現時にはCK値を測定し重篤筋障害をチェックしますが、副作用のリスクと心血管イベント予防のベネフィットを比較すれば、圧倒的にベネフィットが上回るのが現実です 。

スタチンと糖尿病リスク:本当に「糖尿病になる薬」?

副作用論争でもう一つ注目を集めたのが、スタチンによる糖尿病発症リスクの上昇です。「コレステロールを下げたら血糖値が上がった」「スタチンを飲んでいた人に糖尿病が増えた」という研究結果が報じられ、「心臓は守れても糖尿病になっては元も子もない」と不安視する声が上がりました。

確かに、2008年のJUPITER試験の報告を皮切りに、スタチン使用者で新規糖尿病の発症率がやや高まることが相次いで示されています 。2010年のLancet掲載のメタ解析では、スタチン群で糖尿病発症オッズ比1.09(95%信頼区間1.02–1.17)、リスクが約9%増加するとの結果でした 。ただし重要なのは、その絶対リスク増加は非常に小さい点です。4年間スタチンを255人治療して1人に糖尿病を発症させる程度の頻度であり 、逆に心筋梗塞や脳卒中を予防できる人数はそれをはるかに上回ります 。言い換えれば、「スタチンで助かる命」に比べ「スタチンで新たに糖尿病になる人」の割合はごくわずかで、総合的な利益は明確に勝っています。

さらに、スタチンで血糖が上がりやすいのは糖尿病の素因を抱えた人(境界型など)のみで、そうでない人では影響がほとんどないとも指摘されています。糖代謝への影響も、スタチンの種類や強度によって多少異なる可能性があります(例えば強力なスタチンの方が影響が出やすいとの報告) 。しかし現在のところ、スタチン服用中の血糖上昇は適切な生活習慣改善や定期的な検査で十分対処可能であり、それを理由にスタチン治療を中止すべきとするエビデンスはありません。実際、心血管リスクの高い糖尿病予備群の人にスタチンを使うと、たとえ糖尿病を新規発症しても心筋梗塞や脳卒中は大幅に減らせることが示されています 。「糖尿病になるからスタチンは危険」という単純な図式は成り立たないのです。

メディアと有名人による「スタチン不要論」

筋症や糖尿病リスクの話題が過熱する中、一部のメディアや著名人はスタチンに対し極端な否定論を唱えました。いわゆる「スタチン不要論」です。その主張は「スタチンは副作用ばかりで効果がない」「高コレステロールはむしろ長生きする」「スタチンは製薬会社の利益のために使われている」といった刺激的なものでした。

2010年代には地域メディアや健康情報誌のコラムなどで「動脈硬化の治療にスタチン剤は不要。むしろ逆効果」とする意見が掲載され、ネット上で広く拡散された例もあります。また、SNSやブログで影響力のある医師が「基本的にスタチン系の薬は飲むべきではない」と発信し、それが書籍化され話題となったケースも確認されています。

こうした情報に触れた患者さんが主治医に「薬をやめたい」と申し出たり、自己判断でスタチンを中断してしまう事態も生じました。現場の医師や薬剤師にとって、科学的根拠に反する情報が氾濫する中で患者をどう説得するかは大きな悩みでした。中には「医者は制薬会社と結託して薬を出しているんだろう?」と詰問された医師もいたと言います。スタチン不要論は一種の陰謀論的バッシングとなって、医療者への信頼すら揺るがしかねない様相を呈していたのです。

医療現場の混乱と患者への影響

スタチン論争の影響で生じた混乱は、実際の臨床データにも表れています。デンマークの全国調査では、スタチンに関する否定的なニュース報道が増えた時期にスタチン中断率が有意に上昇し、それに伴い心筋梗塞や心血管死が増加したことが報告されました  。報道による不安からスタチンを早期に中止した人は継続した人に比べ心筋梗塞リスクが26%も高まり、心血管死も18%増加していたのです 。「スタチンは危険」というニュースが流れたために薬をやめ、その結果本来防げたはずの心臓発作や死亡が増えてしまった――まさに皮肉な現象です。

日本でも、スタチン不要論に影響され服薬を自己中断した患者さんがその後心筋梗塞を起こし、「やはり飲んでおけば良かった」と後悔するケースが報告されています(筆者が勤務する病院でも実例がありました)。医師・薬剤師としては、目の前の患者さんに正しい情報を伝え、不安を和らげることの難しさを痛感させられる出来事でした。

しかしこの混乱は、ある意味では医療者側にも良い教訓をもたらしました。すなわち、患者さんの不安に真摯に向き合い、副作用リスクと薬の有益性についてエビデンスに基づき丁寧に説明する重要性です。スタチン論争は、医療コミュニケーションの在り方を見直す契機にもなったのです。

科学的エビデンスが示すスタチンの真価

では、スタチン不要論に対して科学的エビデンスは何を語っているのかを見ていきましょう。結論から言えば、世界中で積み重ねられた臨床試験の結果は「適切な患者においてスタチンの利益は副作用リスクをはるかに上回る」ことを一貫して示しています。

まず、コレステロール低下療法の有効性を証明した数々の大型無作為化比較試験があります。1990年代の4S試験やWOSCOPS、2000年代初頭のHPS試験などで、スタチンにより心筋梗塞や脳卒中、心血管死が著明に減少し、総死亡も改善することが示されました。例えばHPS試験では、高リスク患者において5年間のスタチン治療で心血管イベントを約25~30%減少させています 。こうした知見は無数の患者を対象としたメタ解析でも再確認され、もはや疑いの余地はなくなりました。

さらに2008年には、スタチンの新たな可能性を示すJUPITER試験が発表されます。この試験はLDLコレステロール値は正常でもCRP(炎症マーカー)が高い人々にスタチン(ロスバスタチン20mg)を投与したところ、心筋梗塞・脳卒中・心血管死などの重大心血管イベントが約44%も減少したという衝撃的な結果でした 。わずか1.9年という短期間でプラセボ群より有意にイベント発症が抑えられたため、中間解析で試験は早期終了となったほどです 。JUPITERは「LDL値がそれほど高くなくてもスタチンは有益」「炎症のある層では恩恵大」という新知見を示し、スタチン不要論者が主張する「コレステロール値が高くない人にスタチンは無意味」という論を覆しました。なお同試験ではスタチン群で糖尿病発症がやや多かったものの、先述の通り総合的なベネフィットは損なわれていません 。

2010年代に入ると、「さらにLDLコレステロールを下げればもっと良い結果が得られるのか?」という問いに答える試験も行われました。代表がIMPROVE-IT試験です。急性冠症候群後の患者を対象にスタチン(シンバスタチン40mg)単独 vs スタチン+エゼチミブ併用で比較したところ、平均LDL値は単独群69.5mg/dLに対し併用群53.7mg/dLと大きく低下し、その結果7年後の主要心血管イベント発生率が併用群32.7%、単独群34.7%と有意に低下しました 。リスク減少幅は相対で約6.4%と一見小さいですが、これはLDLをさらに16mg/dL下げることで追加的な予防効果が得られたことを意味します 。併用群でも有害事象は増えなかったため 、「安全により低いLDL目標を目指す価値」が示されたといえます。スタチン不要論でよく聞かれた「そんなにコレステロールを下げても無意味だ」という声に対し、IMPROVE-ITは「いいえ、下げれば下げただけ効果がある」と回答を突き付けたのです。

そして2017年、ついにスタチンでは達成困難な超低LDL領域に踏み込んだFOURIER試験が報告されます。スタチンで治療中でもLDLが70以上残る心血管疾患患者に、新薬PCSK9阻害薬エボロクマブ(レパーサ®)を追加したところ、LDLは中央値90mg/dLから30mg/dLへと59%低下し 、2.2年という比較的短期間で主要心血管イベント発生率が11.3%から9.8%へと有意に減少しました(ハザード比0.85) 。脳卒中や心筋梗塞など主要エンドポイントの低下は15%程度でしたが、副次エンドポイント(心血管死・MI・脳卒中の複合)では20%近い減少(ハザード比0.80)を示しています 。驚くべきことに、LDL 30mg/dLという**「超低コレステロール状態」においても特段の安全性問題は認められませんでした** 。かつて一部で唱えられた「コレステロールを下げ過ぎると認知症やがんになるのでは?」という懸念も、臨床試験のデータ上は裏付けがなく、むしろEBBINGHAUS試験では超低LDL群でも認知機能に悪影響がないことが確認されています(FOURIERのサブ解析)  。

このように、数々のエビデンスがスタチン療法の有効性と安全性を支持しています。もちろんスタチンは万能薬ではなく、効果の大小は患者さんのリスクプロフィールに依存します。しかし、「高リスク者においてスタチンで心血管イベントが減る」という事実は、数十年にわたる研究で極めて強固に証明されており、不要論で主張されるような「プラセボ同然」「有害無益」という評価は全くの誤りであると言えます。

現在のガイドラインにおける評価

こうしたエビデンスの積み重ねを受け、国内外の治療ガイドラインはスタチンをどのように評価しているのでしょうか。

日本動脈硬化学会の脂質管理ガイドラインでは、スタチンは高LDL血症患者の第一選択薬として位置付けられています。まず食事運動療法で改善を図り、それでも目標LDL値に達しない場合にスタチンなど薬物療法を開始するのが基本的な流れです。一次予防(まだ心血管イベントを起こしていない場合)でも、糖尿病や高血圧などリスク因子を複数持つ患者ではスタチン投与が強く推奨されています。特に日本人は欧米人に比べ冠動脈疾患リスクが低めと言われますが、それでもLDLコレステロールが高ければ心筋梗塞発症は増加することが国内コホート研究でも示され 、スタチンで予防可能であると結論付けられています 。

高齢者に関しては、2017年に日本老年医学会から専用のガイドラインが発行されました。それによれば、前期高齢者(65~74歳)については一次予防・二次予防ともにスタチンの有用性が証明されており推奨、後期高齢者(75歳以上)では二次予防で有効性が示され一次予防は主治医の判断に委ねる、というスタンスです  。75歳以上では余命や合併症状況にばらつきが大きいため個別判断となりますが、「高齢だから即スタチン中止」とはなっていません。実際、最近の解析では75歳以上でもスタチン継続群の方が心血管イベントが少ないとの結果も報告されており、健康な高齢者では年齢に関わらずスタチン継続が有益と考えられます。

海外のガイドラインも概ね共通しています。米国心臓協会(AHA)や米国脂質ガイドラインでは、一次予防でも10年リスクが高い人にはスタチンを推奨し、中リスク層でもCACスコア(冠動脈石灰化スコア)など追加情報で適応を判断するというリスクベースのアプローチを採用しています。欧州心臓病学会(ESC/EAS)はLDL目標値を明確に定め、非常に高リスクの患者にはLDL 55mg/dL未満を推奨するなど、スタチンを含む強力な脂質低下療法で攻める姿勢を打ち出しています。いずれのガイドラインでも、スタチンの副作用については注意喚起しつつも**「適切なモニタリングの下で治療を継続すべき」という方針に変更はない**点が共通しています 。筋痛が出れば減量や薬剤変更を検討し、糖代謝悪化が見られれば生活習慣指導を強化する、といった対応で大半の問題は解決できます。ガイドライン作成者たちもスタチン不要論には神経を配り、最新エビデンスを精査したうえで、それでもなお「スタチンの利益が勝る」と判断して推奨を維持しているのです。

おわりに:エビデンスに基づく冷静な判断を

スタチン副作用論争は、患者・医療者双方にとって薬のリスクとベネフィットを改めて考える機会となりました。不安を煽るような情報が氾濫するときこそ、我々医療従事者は冷静にエビデンスを紐解き、正確な知識を共有することが大切です。スタチンは副作用がゼロの薬ではありませんが、そのリスクは慎重に管理可能であり、適切な患者に投与すれば命を救う力を持っています。

臨床系薬剤師としてできることは、患者さんの声に耳を傾けつつ科学的根拠に基づいてアドバイスすることです。「筋肉痛が心配」「糖尿病になるのでは」と問われたら、本記事で紹介したデータをもとに「リスクはごくわずかで、メリットの方が大きい」ことを伝えてあげてください。副作用が出た場合の対処法も含めて説明し、必要なら主治医と相談する架け橋になりましょう。

スタチン不要論の嵐はやがて沈静化し、現在では多くの医師が従来通りスタチン療法を続けています。それでも定期的に「薬をやめよう」ブームは訪れます。そんな時こそ慌てずに、歴史が証明したスタチンの有用性を思い出してください。エビデンスに裏打ちされた医療と丁寧なコミュニケーションがあれば、患者さんの不安を和らげ最善の治療へ導くことができるはずです。スタチンは決して悪者ではなく、正しく使えば強力な味方となる──その事実を胸に、私たちはこれからも患者さんと向き合っていきたいものです。

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薬剤師。ヤクマニドットコム編集長。
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※本記事は薬学生および薬剤師など、医療関係者を対象とした教育・学術目的の情報提供です。医薬品の販売促進を目的としたものではありません。
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