スタチンの歴史と発見(第3部)ースタチンはなぜ現在でも主要な治療選択肢なのか

心筋梗塞
1980年代末の登場以来、スタチン(HMG-CoA還元酵素阻害薬)は長らく高コレステロール血症治療の主役を担ってきました。その間にPCSK9阻害薬やベムペド酸、インクリシランなど新しい作用機序の薬剤が次々に登場していますが、スタチンは長年の実績と確かな効果から、今なお多くの患者に使用されています。現在でも世界中のガイドラインがスタチンを第一選択に据えているのには、それだけの理由があります。スタチンはLDLコレステロール低下効果が高く、臨床イベント抑制のエビデンスが豊富で、費用対効果でも他を圧倒しているからです 。本記事では、新規薬剤との比較、医療経済の視点、リアルワールドデータ、ガイドライン上の位置付けをひもときながら、スタチンが現在でも使われ続ける理由を探ります。最後には臨床現場でよく聞かれる質問にQ&A形式で答え、スタチン療法への理解を深めていきます。

新規薬剤の台頭とスタチンとの比較:効果と課題

まずは近年登場した新しい脂質低下薬とスタチンを比較してみましょう。スタチン以外のLDL低下薬として代表的なものに、PCSK9阻害薬、ベムペド酸、そしてインクリシランがあります(この他、エゼチミブなども併用薬として古くから使われています)。これら新薬はスタチンと作用機序が異なり、スタチンでは届かない領域での活躍が期待されています。
• PCSK9阻害薬(エボロクマブやアリロクマブなど)は、肝細胞表面のLDL受容体を分解するPCSK9というタンパク質を無効化することで、LDL受容体数を増やし耐用期間を延長させ、血中LDL-Cを劇的に低下させます 。スタチン最大量でも目標LDLに届かない家族性高コレステロール血症(FH)や極高リスク患者に対し、追加で50~60%近いLDL低下を実現し、主要心血管イベント(MACE)リスクも有意に低減しました(FOURIER試験やODYSSEY試験) 。一方で皮下投与(2週または4週ごと)の注射薬であり、価格も非常に高価です。そのため適応患者は重症例に限られ、スタチン+エゼチミブで効果不十分な場合の追加療法として位置付けられています 。実際、米国では発売当初1年間当たり約14,500ドル(約150万円)というスタチンの100倍以上の定価が設定され、心血管イベント予防による医療費削減効果を考慮しても費用対効果は受け入れ基準を満たさないと試算されました 。2018年に約60%の価格引き下げが行われたものの依然高価で、医療経済的な課題を残しています。
• ベムペド酸(一般名: bempedoic acid)は、ATPクエン酸リアーゼ阻害薬という新規経口薬です。肝臓でのコレステロール合成経路を遮断し、スタチンに似た経路でLDL-Cを下げますが、プロドラッグとして肝臓で活性化するため筋細胞には取り込まれにくく、スタチンによる筋症状が出やすい患者でも比較的副作用なく使用できる点が特徴です。またスタチンと併用すると相加的なLDL低下効果を示し、エゼチミブとの配合剤も開発されています。LDL低下幅は約20%前後とスタチンほど大きくはありませんが、スタチン不耐症の患者における心血管イベント抑制効果が2023年のCLEAR Outcomes試験で証明されました 。欧米では2020年に承認され、日本でも2024年に「ベムペド酸」として承認申請が行われています。スタチンで十分な効果が得られない、あるいは副作用で継続困難なケースにおける経口追加薬として期待されています。
• インクリシラン(Inclisiran、商品名レクビオ)は小干渉RNA(siRNA)薬です。PCSK9遺伝子の発現を肝臓で抑制することでPCSK9タンパク質の産生自体を減らし、結果的にPCSK9阻害薬と同様にLDL受容体分解を抑えて50%以上のLDL低下をもたらします 。最大の特徴は6ヶ月に1回の皮下注射という投与間隔の長さで、アドヒアランス(服薬遵守)の問題を大きく改善できる点です 。2020年に欧州で承認され、日本でも2023年9月に承認・発売されたばかりです。欠点はやはり価格が高価なことと、心血管イベント抑制のエビデンスがまだ蓄積途中であることです 。現在進行中の大型臨床試験の結果次第では、今後スタチンに次ぐ位置付けが与えられる可能性もありますが、現時点では**「スタチンで十分な効果が得られない場合の追加薬」**として位置付けられています 。

こうした新規薬剤は**「スタチンでは届かないLDL低下」を実現しうる画期的な存在ですが、その一方で費用・投与経路・エビデンス蓄積**といった面で制約があります。そのため現状では、スタチン治療の土台の上に追加する補強療法として用いられるケースがほとんどです。裏を返せば、スタチンがまずあってこその新薬なのです。実際、米国ACCの脂質管理コンセンサスでは「まずエビデンスに基づくスタチンを第一選択とし(statins as first-line therapy)、その上で追加の非スタチン療法を検討する」と明記されています 。スタチンあってのPCSK9阻害薬・ベムペド酸・インクリシランであり、これら新薬がスタチンに取って代わる存在にはまだ至っていないのが現状と言えます。

医療経済の視点:スタチンの費用対効果と保険適用

スタチンが現在でも広く使われる理由として、医療経済的なメリットは無視できません。新規薬剤との費用対効果の差や、各国の保険制度における扱いを見てみましょう。

まずコスト面では、スタチンの圧勝と言ってよい状況です。スタチンは先発医薬品の特許切れが進み、現在では多くの種類がジェネリック医薬品として極めて安価に供給されています。一方、PCSK9阻害薬やインクリシランといった新規の生物学的製剤は開発コストも高額なうえ、生産にもコストがかかるため薬価は桁違いです。米国でPCSK9阻害薬が登場した当初、その年間薬剤費は約14,000ドル(日本円で150~200万円)にも上り、ジェネリックスタチンの100倍以上でした 。その価格では費用対効果(1 QALYあたりの費用)も数十万ドルに達し、医療経済的に正当化できないと分析されました 。製薬企業は普及促進のため大幅な値下げに踏み切り、米国では2018年に約60%の価格引き下げ(年間約5850ドルへの低減)が行われました 。それでも年間数千ドル規模の費用がかかる計算であり、依然スタチンとの価格差は大きく開いたままです。

日本においても、スタチンは後発医薬品なら1日あたり数十円程度で処方可能ですが、PCSK9阻害薬(国内ではエボロクマブ、アリロクマブ)は1回の注射で数万円、年間では数百万円規模となります。インクリシランも同程度の高額薬剤です。公的医療保険の財政を圧迫しかねないことから、これら新薬は保険適用上も厳しい条件が付されています。例えば「家族性高コレステロール血症(FH)」や「既存治療でLDL-Cが十分低下しない高リスク患者」に限定して使用が認められており、投与には事前審査や専門医の関与が必要なケースもあります。つまり、すべての高コレステロール患者に気軽に使える薬ではないのです。

これに対してスタチンは、長年にわたり膨大な患者に処方されてきた実績から各国で広く保険償還されており、比較的低リスクの一次予防の段階から適用可能です。費用対効果の面でも、スタチンは非常に優秀な薬剤です。スタチン治療による心血管イベント予防効果は、その安価さも相まって「医療経済的な価値が極めて高い」という評価が確立しています 。とりわけジェネリック化が進んだ現在では、**「安くて効果が大きい」**という点で他の追随を許しません。各国の医療制度においても、限られた医療資源を有効活用する観点から、まずスタチンを使い倒すことが推奨され、新薬の位置付けはあくまで追加療法・特殊例となっているのです。

リアルワールドデータに見る有効性と安全性

新薬の登場によってスタチンの座が脅かされない理由として、圧倒的なリアルワールドエビデンスの存在も挙げられます。スタチンは世界中で数億人以上に処方されてきた歴史があり、臨床試験のみならず実地臨床での有効性と安全性データが非常に豊富です。その蓄積されたデータは、新規薬剤とは比べものになりません。

まず有効性について。スタチンの心血管イベント抑制効果は、多数の大規模ランダム化試験により相対リスク約20~30%の低減として一貫して示されてきました  。さらに興味深いのは、高齢者や様々な併存症患者を含むリアルワールドでの観察研究でも同様に死亡率やイベント発生率の低下が確認されていることです。例えば、平均年齢81歳という超高齢の米国人約32万人を追跡したコホート研究では、スタチン新規使用者は非使用者に比べ総死亡が25%低下し、心血管死も20%低下したとの報告があります 。このように**「現実世界でも効く」**ことが確認されている安心感は大きく、エビデンスの蓄積が少ない新薬には真似できないアドバンテージです。

次に安全性についてです。スタチンには「筋肉痛が起こる」「肝臓に悪い」「糖尿病になるリスクがある」など様々な懸念が知られています。確かにスタチン長期大量投与によりごく一部で副作用が発生することは否定できません。しかし重篤な副作用発生率は極めて低く、そのリスクは往々にして過大評価されています。American Heart Associationによる声明では、スタチンによる重篤な筋障害(横紋筋融解症など)は0.1%未満、深刻な肝障害は0.001%程度に過ぎないと報告されています 。多くの患者で生じるのは軽度~中等度の筋肉痛や倦怠感ですが、これもプラセボ対照試験では有意差がほとんど認められず、かなりの割合が「ノセボ効果」(思い込みによる症状)と考えられています 。実際、スタチン不耐症を訴える患者の70~90%は、剤形や用量を変えて再チャレンジすればスタチンを継続できたとの報告もあります 。つまり、多くの患者にとってスタチンはメリットがデメリットを大きく上回る安全な薬と位置付けられます 。新薬にも副作用リスクはもちろん存在しますが、使用経験が限られる分、未知のリスクも残されています。その点、スタチンは何十年にもわたる蓄積データからリスクプロファイルが明確であり、医師も患者も安心して使えるという強みがあります。

ガイドラインでの現在の位置付け:スタチンが残り続ける理由

上述のような効果・エビデンス・経済性を総合して、各国・各学会の治療ガイドラインでもスタチンは依然として第一選択の座を占めています。その現在の位置付けを確認しつつ、スタチンが治療の主役であり続ける理由を改めて整理しましょう。

米国における2018年のACC/AHAコレステロールガイドラインや、2022年のACC専門家パスウェイでは、4つのリスクカテゴリすべてにおいて**「まずは適切な強度のスタチン投与を推奨」すると明記されています  。欧州でも2019年のESC/EAS脂質管理ガイドライン**、2023年のESC糖尿病患者向けガイドラインなどで、「スタチンを第一選択とし、必要に応じてエゼチミブやPCSK9阻害薬を追加」という構図は共通しています  。日本動脈硬化学会(JAS)の「動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版」においても、LDLコレステロール管理の基本戦略はスタチンを中心とした薬物療法です。新規薬剤については、たとえばインクリシラン(2023年承認)も「スタチンに上乗せする治療」として位置付けられており、スタチン非使用でいきなり置き換えるような想定にはなっていません。

ガイドラインがスタチンを重視する背景には、エビデンスの質と量の違いがあります。スタチンは多数のランダム化比較試験のメタ解析により明確なベネフィットと安全性が証明されており  、推奨度も最高ランクです。対して新規薬は有望とはいえ試験結果の蓄積は限られ、長期安全性も未知数な部分があります。さらに前述した費用対効果の圧倒的な差も無視できません。医療資源を有効配分する上で、安価で効果の大きいスタチンをまず使い、その上でどうしても届かない場合に高価な新薬を追加する方が理に適っています。総合すると、「効果」「安全性」「実績」「コスト」の全てにおいてバランスが取れているスタチンが、今なお脂質低下療法の基盤として揺るがないのは当然とも言えるでしょう。

とはいえ、新規薬剤もスタチンを補完し心血管リスクをさらに下げる武器として重要性を増しています。ガイドライン上も、高リスク患者ではLDL目標値をより厳格に設定し、スタチン単独ではなく多剤併用での到達を目指す流れになっています  。スタチン + エゼチミブ + PCSK9阻害薬といった強力な併用療法が推奨されるケースも増えてきました。こうした背景から、スタチンは**「古いけどなくてはならない土台」、新薬は「高性能だが用途限定の追加ツール」**という役割分担になっているのです。スタチンが残り続ける理由は、まさにその土台としての盤石さにあると言えるでしょう。

よくある質問(FAQ)に答える

最後に、臨床の現場や患者さんとのやり取りでよく話題に上る質問についてQ&A形式で解説します。スタチン療法への理解を深め、不安や誤解を解消する一助になれば幸いです。

Q: 「新しい薬が出ているけど、今でもスタチンが良いのですか?」
A: 確かにスタチンは登場から数十年が経過した薬ですが、「古い=効果が劣る」というわけではありません。スタチンは現在でも脂質管理の第一選択であり、その効果と安全性は最も確立されています  。新しいPCSK9阻害薬やインクリシランは強力ですが、スタチンを置き換えるものではなく、あくまで追加療法です 。スタチンには長期エビデンスと費用対効果の高さという新薬にない強みがあるため、「古いけれど最も信頼できる基本薬」と位置付けられています。

Q: 「副作用が心配ですが大丈夫でしょうか?」
A: スタチンの副作用として頻度の高いものは筋肉痛や倦怠感ですが、大多数の方では問題なく使用できます。重篤な副作用(横紋筋融解症や劇症肝炎など)は発生率がごくわずかで、1000人に1人も起こりません 。また、「スタチンで糖尿病になるのでは?」と心配されることもありますが、確かに糖尿病発症リスクがわずかに上がる報告はあるものの 、心筋梗塞や脳卒中を予防できる利益の方がはるかに大きいため、総合的にはメリットが上回ります 。副作用が出た場合も、減量や別のスタチンへの変更、隔日投与など工夫で対処できることが多いです。まずは医師と相談し、症状とリスクを天秤にかけた上で継続する価値があるか判断することが重要です。

Q: 「スタチンは何歳まで飲み続ける必要がありますか?」
A: 明確な年齢上限はありませんが、基本的には心血管リスクがある限り継続を検討します。スタチンは飲み続けることで効果を発揮する予防薬であり、やめればLDLコレステロール値が元に戻ってしまいます。ガイドラインでは75歳を超えたあたりから個別判断とされていますが  、健康で余命が十分見込まれる方なら80歳代でもスタチン継続による恩恵が得られる可能性があります 。一方、重篤な疾患で余命が限られる場合や極度の高齢で体力が低下している場合には、治療目標を見直しスタチン中止を検討することもあります。最終的には主治医と相談の上、その時点での全身状態や価値観を踏まえて決めることになります。

Q: 「スタチンを飲んでいれば食事に気を遣わなくてもいいですか?」
A: いいえ、薬に頼り切るのは禁物です。スタチンは強力な薬ですが、生活習慣の改善と組み合わせてこそ最大の効果を発揮します。食事では動物性脂肪やトランス脂肪酸を減らし、野菜・魚中心のバランスの良い食事を心がけましょう。適度な運動や減量もHDLコレステロールの改善や血管機能向上に役立ちます。スタチンで下がったコレステロールも、不摂生な生活を続ければ十分な低下が得られなかったり再上昇したりする可能性があります。したがって、薬はあくまで補助線と考え、生活習慣の是正という土台の上にスタチン療法を位置付けることが重要です。

Q: 「スタチンで認知症になると聞いたのですが…?」
A: スタチン服用による認知機能への悪影響を心配する声がありますが、現時点で因果関係を示す決定的な証拠はありません。FDAも「一部に物忘れや混乱が報告されているが、薬を中止すれば改善し、認知症(アルツハイマー病など)との因果関係は認められない」と声明を出しています。また逆に、スタチン使用者の方が認知症リスクが低いとの観察研究も報告されており 、心血管リスク低減による脳血管障害予防など間接的なプラス効果も考えられます。いずれにせよ、コレステロール値を放置して深刻な動脈硬化症状(脳卒中や心筋梗塞)が起きるリスクの方がはるかに大きいため、認知症の噂だけでスタチンを避けることは推奨されません。不安な場合は主治医に相談し、定期的に認知機能のチェックを行いながら治療を続けるとよいでしょう。

以上、スタチンが現在でも主要な治療選択肢とされる理由を、新薬との比較や経済性、エビデンスの観点から見てきました。スタチンは確かに「古い薬」ですが、その実力と信頼性は色褪せていません。むしろ長年の実績に裏打ちされた盤石の基盤として、新たな治療法を支える存在となっています。臨床系薬剤師・医療従事者としては、スタチンの価値を再認識するとともに、新薬を適切に位置付けて患者さんに最善の脂質管理を提供していきたいものです。そして患者さんには、スタチン療法の意義や安全性を正しく伝え、安心して治療を続けてもらえるよう努めていきましょう。

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薬剤師。ヤクマニドットコム編集長。
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※本記事は薬学生および薬剤師など、医療関係者を対象とした教育・学術目的の情報提供です。医薬品の販売促進を目的としたものではありません。
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