はじめに
クロピドグレルとプラスグレルはチエノピリジン系抗血小板薬と呼ばれる薬剤の代表例であり、血小板表面のP2Y12受容体を不可逆的に阻害することで血小板凝集を抑制します 。両薬剤は共にアスピリンと併用した**二重抗血小板療法(DAPT)**の一翼を担い、心筋梗塞や脳卒中の二次予防、および経皮的冠動脈インターベンション(PCI)後のステント血栓予防に広く用いられてきました 。本稿では、クロピドグレルとプラスグレルの歴史的な開発経緯と主要臨床試験、各国での承認プロセス、導入の背景、有効性・安全性の比較について、時系列に沿って解説します。
チエノピリジン系抗血小板薬の黎明期:チクロピジンの登場
最初のチエノピリジン系抗血小板薬であるチクロピジン(商品名タクロイドなど)は、1990年代初頭に抗血小板薬として登場しました。米国では1991年に承認され 、脳卒中の再発予防などに有効性を示しましたが、重篤な副作用が課題となりました。特に、チクロピジンは好中球減少症(重度好中球減少は0.8〜2.4%程度)や**血栓性血小板減少性紫斑病(TTP)**を引き起こすリスクがあり、定期的な血球モニタリングが必要でした 。このような安全性上の問題から、「アスピリンに代わる抗血小板薬」を求める声が高まり、より安全で使いやすい後継薬の開発が模索されました。
第二世代:クロピドグレルの開発と臨床試験
チクロピジンの欠点を克服する目的で開発されたのがクロピドグレル(商品名プラビックス)です。クロピドグレルはフランスの製薬企業により1980年代に創製され、1982年に特許出願、約15年後の1997年に医療使用が承認されました 。クロピドグレルはチクロピジンと同様の作用機序を持ちますが、重篤な血液障害の頻度が低く、安全性プロファイルが改善しました。その有効性は大規模臨床試験で証明されています。
CAPRIE試験(1996年、Lancet掲載)は、19,000人以上の動脈硬化疾患患者を対象にクロピドグレル単独とアスピリン単独の有効性を比較した無作為化試験です 。その結果、年間主要イベント発生率(心血管死、心筋梗塞、脳卒中の複合)が**クロピドグレル群5.32%に対しアスピリン群5.83%**とわずかながら低下し、相対リスク8.7%減少(95%信頼区間0.3–16.5%, P=0.043)という有意差が認められました 。安全性においても両群で大差はなく、重篤な出血などの副作用発現率は同程度でした 。この結果はクロピドグレルがアスピリンと比べてわずかながら有効性上の利点を持ち、安全に使用できることを示し、クロピドグレルはチクロピジンの有力な代替薬として注目されました。
続いて、CURE試験(2001年、NEJM掲載)では、非ST上昇型ACS(不安定狭心症・NSTEMI)患者においてアスピリンにクロピドグレルを追加する療法を評価しました。その結果、クロピドグレル併用群はプラセボ併用群に比べ心血管イベント(心筋梗塞や脳卒中)の発生を有意に抑制し、出血リスクの若干の増加を上回る明確な臨床上の利益が示されました 。さらにPCI-CUREサブスタディでは、経皮的冠動脈インターベンション施行例での事前クロピドグレル負荷投与の有用性が確認され、クロピドグレルの投与は急性冠症候群治療における標準的戦略の一部となりました。
クロピドグレルの承認と普及(欧米および日本)
CAPRIE試験の結果を受け、クロピドグレルは1997年11月に米国FDAから承認を取得し 、翌1998年には欧州でも承認され各国で発売されました。こうして1990年代末から2000年代初頭にかけてクロピドグレルは急速に普及し、抗血小板療法の新たな柱となりました。とりわけ冠動脈ステント留置後の血栓予防では、従来用いられていた「アスピリン+チクロピジン」併用療法に替わり、「アスピリン+クロピドグレル」併用が標準となりました。これはクロピドグレル+アスピリン併用の方がチクロピジン併用より安全性・忍容性に優れることが臨床試験で示されたためです 。クロピドグレルはチクロピジンに比べ血液毒性が少なく、定期的な血球検査モニタリングが不要となった点も臨床現場で歓迎されました。
一方、日本におけるクロピドグレル承認は欧米より遅れ、2006年にようやく承認されました 。承認当初の適応症は「非心原性脳梗塞の再発抑制」など脳卒中領域が中心であり 、それ以前は国内でチクロピジンが長らく使われていたという経緯があります 。承認後は日本でも徐々に適応拡大が進み、虚血性心疾患領域でもクロピドグレルの使用が一般化しました。2000年代後半までには、日本を含む世界中でクロピドグレルは抗血小板療法の第一選択薬の一つとなり、2010年代前半までサノフィ社とBMS社から販売されたブランド品(プラビックス)はブロックバスター薬となりました(米国での特許切れは2012年5月 )。現在ではジェネリックも広く出回り、臨床現場で欠かせない薬剤の一つとなっています。
クロピドグレルの課題:効果発現のばらつきと抵抗性
広く普及したクロピドグレルですが、使用経験の蓄積とともにいくつかの課題も明らかになりました。ひとつは効果発現に個人差が大きい点です。クロピドグレルは不活性なプロドラッグであり、肝代謝酵素CYP2C19などの働きで2段階の代謝活性化を経て初めて活性代謝物となります 。しかし遺伝的にCYP2C19活性が低い患者(2/3などの低代謝型多型を持つ人)では、活性化が不十分となり「クロピドグレル抵抗性」**とも呼ばれる現象が生じます。抵抗性のある患者では血小板抑制効果が減弱し、血栓イベント予防効果も低下します。また、**プロトンポンプ阻害薬(PPI)**との併用による薬物相互作用も問題視されました。例えばオメプラゾールやエソメプラゾールはCYP2C19を競合的に阻害するため、クロピドグレルの活性化を阻害し効果を減弱させる可能性があります 。実際、PPI併用患者では心血管イベントが増加するとの報告もあり、2009年には欧州医薬品庁(EMA)や2010年に米国FDAが「クロピドグレルと特定PPI併用に注意喚起」の声明を発出しています 。
さらに、クロピドグレルはチクロピジンに比べ安全とはいえ出血リスクが皆無ではありません。例えばCURE試験では重大出血がプラセボ群2.7%に対しクロピドグレル群3.7%とやや増加しました 。しかし抗血小板療法上ある程度の出血リスク増加は想定内であり、クロピドグレルのリスク・ベネフィットは多くの患者で許容範囲内と考えられました。
以上のような背景から、より強力かつ安定した効果を発揮し、クロピドグレル抵抗性の問題を克服できる新薬が求められるようになりました。それが次に述べるプラスグレルの開発へとつながっていきます。
第三世代:プラスグレルの登場と主要試験(TRITON-TIMI 38)
プラスグレル(商品名エフィエント)は、クロピドグレルに続く第三世代のチエノピリジン系抗血小板薬です。日本の第一三共株式会社と米国イーライリリー社の共同開発により創製され、従来薬の課題克服を目指した改良が施されています。プラスグレルはクロピドグレル同様プロドラッグですが、体内での活性化過程がワンステップとシンプルで、生体内利用率が高められています 。その結果、発現がより速やかで強力かつ一貫した抗血小板作用を示し、個人間の薬効ばらつき(いわゆる抵抗性)も小さいと報告されています 。実際、プラスグレル投与による平均的な血小板抑制率はクロピドグレルより高く、初回負荷投与後の作用発現時間も短縮しています 。
プラスグレルの有効性と安全性を検証した代表的試験がTRITON-TIMI 38試験(2007年、NEJM掲載)です 。この試験では中高リスクの急性冠症候群(ACS)患者13,608例を対象に、PCI実施予定の症例において**プラスグレル(負荷60 mg/維持10 mg)とクロピドグレル(負荷300 mg/維持75 mg)**を比較しました 。両群ともアスピリン併用下で6〜15か月追跡し、一次エンドポイントを「心血管死+非致死的心筋梗塞+非致死的脳卒中」の複合イベントとしています 。主要結果は以下の通りです。
- 一次エンドポイント発生率:クロピドグレル群12.1%に対しプラスグレル群9.9%と低下し、相対リスク19%低減(HR=0.81, 95%CI:0.73–0.90, P<0.001)でした 。特に非致死的心筋梗塞の発生はクロピドグレル9.7% vs プラスグレル7.4%と有意に減少し(P<0.001)、ステント血栓症もクロピドグレル2.4% vs プラスグレル1.1%と大幅に低減しました(約半減, P<0.001) 。
- 出血合併症:一方で重大出血(TIMI大出血)の発生率はクロピドグレル1.8%に対しプラスグレル2.4%と上昇し、相対リスク32%増加(HR=1.32, 95%CI:1.03–1.68, P=0.03)という結果でした 。特に致死的出血はプラスグレル群0.4%と、クロピドグレル群0.1%に比べ有意に増加しています(P=0.002) 。結果的に全死亡率には両群で有意差は認められませんでした 。
以上より、TRITON試験は**「プラスグレルはクロピドグレルよりも心筋梗塞やステント血栓を有意に減らす一方、重篤出血を増加させる」**ことを明確に示しました 。このエビデンスは当時の循環器治療に大きなインパクトを与え、プラスグレルの承認と臨床応用の是非が議論されることになります。
なお、TRITON試験のサブ解析では、糖尿病患者においてプラスグレルのベネフィットが特に大きいことや 、一方で脳卒中既往のある患者や高齢患者(75歳以上)、低体重患者(<60kg)では出血リスク増大のためネットベネフィットが低下または有害となる可能性が示唆されました 。この知見は後述するプラスグレルの適正使用ガイダンスに反映されています。
プラスグレルの承認プロセス(米国FDA・欧州EMA・日本PMDA)
TRITON-TIMI 38の好結果を受けて、プラスグレルは2008年に米欧で承認申請が行われました。欧州では2009年2月にEMAが承認を推奨し、同年2月25日付で欧州委員会による販売承認が下りています 。米国FDAも慎重な審議を経て2009年7月に承認を発表し、プラスグレル(商品名Effient)はACS-PCI患者に対する血栓イベント抑制薬として正式に市販されました 。
ただしFDA承認時には、前述の臨床試験知見を踏まえていくつかの重要な使用制限が付与されました。具体的にはプラスグレルの添付文書に黒枠警告(ボックス警告)が設けられ、「本剤は重篤な時に致死的な出血を起こしうる。過去に脳卒中/TIAの既往がある患者には禁忌」と明記されました 。また「75歳以上の高齢者や60kg未満の低体重者では出血リスクと有効性のバランスに注意が必要で、原則使用推奨されない」ことも警告されています 。これら制限付きではあるものの、プラスグレルは新規抗血小板薬として欧米で臨床使用が開始され、2010年代前半にはガイドライン上でもクロピドグレルに代わりうる選択肢として位置付けられました(例:2012年ACC/AHA抗血小板ガイドラインでACSではチカグレロルやプラスグレルがクロピドグレルより推奨される条件付きクラスIIa推奨)。
一方、日本でのプラスグレル承認は2014年と欧米に比べ大きく遅れました 。背景には、人種差による薬物動態・薬力学の相違や出血リスクへの懸念から日本人に適した減量レジメンの検証が必要と判断されたことがあります 。日本国内で実施されたPRASFIT-ACS試験(2014年、循環器誌掲載)では、プラスグレルを負荷20 mg・維持3.75 mgという欧米の約1/3の減量投与でクロピドグレル(負荷300 mg・維持75 mg)と比較しました 。その結果、プラスグレル低用量群での主要心血管イベント発生率は9.4%と、クロピドグレル群の11.8%に比べ相対23%減少(HR 0.77, 95%CI:0.56–1.07)し 、一方で重大出血発生率は両群でほぼ同等(1.9% vs 2.2%)との成績が得られました 。このエビデンスを基に、日本ではプラスグレル低用量(20 mg/3.75 mg)が2014年に承認され、急性冠症候群治療に使用可能となりました 。承認された適応は「経皮的冠動脈形成術(PCI)を施行する急性冠症候群(不安定狭心症、ST上昇/non-ST上昇心筋梗塞)」であり、添付文書上も「日本人における適正量」として3.75 mg維持療法が記載されています。また日本のプラスグレル製剤は錠剤規格も3.75 mgと5 mgが用意されており(欧米では5 mgと10 mg)、患者体格に合わせた用量調節が可能です 。
有効性・安全性の比較と臨床的意義
以上の歴史的経緯から明らかなように、クロピドグレルとプラスグレルは同じ作用機序ながら特徴の異なる薬剤です。その有効性と安全性の違いをまとめると次のようになります。
- 薬力学・作用発現:プラスグレルはプロドラッグから活性体への変換が効率的であり、投与後速やかに強力なP2Y12阻害効果を発揮します。クロピドグレルは代謝活性化に2段階を要し、その過程に個人差が大きく作用も比較的マイルドですが、プラスグレルはより速効性かつ強力で効果のばらつきが少ないことが示されています 。このため、例えば**クロピドグレル無効例(高オン治療時凝集能残存例)**においてプラスグレルへ切り替えることで十分な抗血小板作用が得られるケースがあります。
- 臨床試験での有効性比較:急性冠症候群患者を対象にした直接比較では、プラスグレルはクロピドグレルよりも心筋梗塞やステント血栓症の発生を有意に低減しました 。TRITON試験ではプラスグレルが複合イベントを19%相対リスク減少させ 、特にステント血栓症を約50%抑制した点は臨床的に重要です 。一方、一次エンドポイントでの全死亡抑制効果は両薬剤に差がなく 、「ハードエンドポイントである死亡率改善には寄与しないが、非致死性の心血管イベントを減らす」という位置づけです。
- 出血リスクと安全性:プラスグレルはその強い抗血小板作用ゆえにクロピドグレルより出血リスクが高いことが一貫して報告されています 。特に脳出血などの重篤出血が増える傾向があり、過去に脳卒中やTIAがある患者では出血リスクが著増するため禁忌とされています 。また高齢者や低体重者では出血の相対リスクが高く、プラスグレル投与による利益を相殺しうるため慎重投与(日本では減量適用)が求められます 。クロピドグレルも抗血小板薬である以上出血の副作用はありますが、プラスグレルほどの増加は示していません。従って出血リスクの高い症例ではクロピドグレルの方が安全域が広いと考えられます。
- 臨床での使い分け:上記より、**「血栓イベント抑制効果を優先すべき高リスク症例ではプラスグレルを、出血リスク管理を優先すべき症例ではクロピドグレルを」**という使い分けが基本方針となります。具体的には、急性冠症候群でPCIを受ける若年~中年の患者や糖尿病合併例などリスクの高い場合、プラスグレル(または別クラスのチカグレロル)が推奨されることが多いです。一方、脳梗塞既往がある患者、高齢者(75歳以上)、体重が軽い患者、あるいは抗凝固薬併用中で出血リスクが高い患者では、リスク対効果を考慮してクロピドグレルが選択肢となります 。また長期維持療法や安定冠動脈疾患における抗血小板単独療法としては、プラスグレルより安全性プロファイルに勝るクロピドグレルが適している場合もあります。
- 薬価・経済性:クロピドグレルは既にジェネリックが利用可能で安価であり、長期療法の経済的負担が小さい利点があります。プラスグレルは開発経緯から価格が高めでしたが、日本では2020年代に入り後発品が承認されました。ただし薬価収載は見送られており、実際に薬局で広く使える状態には至っていません。そのため「承認はされたがまだ発売されていない」というのが現状です。薬剤経済面でもリスク・ベネフィットと併せて考慮することが重要です。
最後に付記すると、プラスグレルに続く新たなP2Y12阻害薬として、チカグレロル(Brilinta/ブリリンタ)や静注製剤のカングレロルも2010年代に登場しました。チカグレロルはチエノピリジン骨格を持たない可逆的阻害薬で、2011年に承認されACS治療に用いられています。こうした新薬の登場により抗血小板療法の選択肢は広がりましたが、クロピドグレルとプラスグレルは現在でもその代表的存在であり、症例に応じた適切な選択が求められます。
おわりに
クロピドグレルとプラスグレルの歴史を振り返ると、抗血小板療法の進歩とそれに伴う課題が見えてきます。クロピドグレルはチクロピジンの副作用を克服し抗血小板療法を飛躍的に向上させた薬剤です。その後、更なる最適化を求めて開発されたプラスグレルは、有効性の向上と安全性のトレードオフという難題に挑んだ薬剤と言えます。主要臨床試験の結果や承認プロセスから明らかなように、プラスグレルは強力な武器となり得る一方、使い方を誤れば諸刃の剣となる可能性があります。薬剤師としては、両薬剤の歴史的背景とエビデンスを正しく理解し、患者ごとのリスクプロファイルに応じた適切な薬剤選択とモニタリングに活かすことが重要です。クロピドグレルとプラスグレルの違いを歴史的観点から学ぶことで、目の前の患者にとって最良の抗血小板療法とは何かを考える一助となれば幸いです。
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