関節リウマチ治療の進化史 ― 痛みを和らげる時代から、寛解を目指す時代へ

薬剤師が語る-薬の歴史と-治療戦略の変遷 関節リウマチ
薬剤師が語る-薬の歴史と-治療戦略の変遷

はじめに

関節リウマチ(RA)は、かつて「不治の病」と言われた難治性の疾患です。激しい関節の痛みや腫れに生涯苦しむ患者さんが多く(国内の患者数は約80万人、その約8割を女性が占めます )、治療の目的も長らくは痛みを和らげることに限られていました。しかし、20世紀末から21世紀にかけて登場した新しい治療薬と治療戦略により、RA治療は大きな転換期を迎えます。現在ではRAの病状そのものを抑え込み、関節破壊の進行を止めて寛解(症状がほぼ消失した落ち着いた状態)を目指すことが可能な時代となりました 。本記事では、**「痛みを取ることが中心だった時代」から「寛解を目指す時代」**へと至る、関節リウマチ治療の歴史的変遷を振り返ります。薬剤師として押さえておきたい各時代の治療の特徴と、その背景にある治療パラダイムの変化をわかりやすく解説します。

痛みを取るだけだった治療の時代(対症療法の黎明期)

関節リウマチの患者さんが医療の現場で語られ始めた19世紀から20世紀中頃まで、治療はまさに対症療法一辺倒でした。病気の正体も免疫のしくみも解明されていない時代、患者さんの「痛みをなんとか和らげる」ことが唯一の目標だったのです 。実際、19世紀半ばには柳の樹皮から有効成分のサリチル酸が抽出され、1899年にはドイツの製薬会社バイエルから鎮痛解熱薬アスピリンが発売されました 。これは副作用が比較的少ない画期的な鎮痛薬として当時歓迎され、関節リウマチの痛み止めとして世界中で用いられるようになりました。しかし、鎮痛剤はあくまで痛みを抑えるだけで、関節や骨の破壊進行を止めることはできません 。事実、関節リウマチを患った印象派の画家ルノワールは、痛む指に絵筆を包帯でくくり付けて制作を続けたと言われていますが、その手指の関節はひどく変形していました 。当時の治療では痛みを和らげるのが精一杯で、関節破壊の運命を変えることはできなかったのです。

20世紀に入ると、新たな治療法の模索が続きました。その中で1948年、アメリカで**ステロイド(副腎皮質ホルモン)**が関節リウマチ治療に導入されます 。ステロイドは強力な抗炎症作用によって関節の腫れや痛みを速やかに鎮め、当時は「夢の新薬」としてリウマチ治療を大きく変えました 。ステロイド療法を最初に報告したフィリップ・ヘンチ医師はその功績でノーベル賞を受賞したほどです 。しかし一方で、ステロイドの長期使用は感染症や糖尿病、骨粗鬆症など深刻な副作用を招くことが次第に判明し、慎重な投与管理が必要となりました 。さらに、ステロイドも根本的には炎症と痛みを抑える対症療法の域を出ず、関節破壊そのものを防ぐ薬ではないという限界があります 。

こうした「痛み止め」や「炎症止め」による治療は一定の症状緩和効果をもたらしましたが、疾患の進行を食い止めるまでには至りませんでした。20世紀後半にかけても、金製剤(注射用金塩)やD-ペニシラミンといった特定の抗リウマチ薬が試みられましたが 、炎症をある程度抑えるものの関節破壊の進行そのものを阻止するには至りませんでした 。リウマチは依然制御困難な病気で、治療成績も芳しくありませんでした。当時の患者さんや医師にとって、関節破壊による変形や機能障害は避けられない運命のように受け止められていました。当時を知るベテラン医師も「昔のリウマチ治療はつらかったよ。ステロイドしかなくてね。患者と2人、手をさすりながら『つらいね』と言い合うの。診察室が暗く感じたものだよ」と当時を回想しています 。こうした状況から、1990年代までのリウマチ治療の停滞期は後に**「暗黒時代」**と呼ばれることになります 。

疾患修飾性抗リウマチ薬(DMARDs)の登場:病勢進行への初めての歯止め

長らく有効な治療に恵まれなかった関節リウマチ治療に、大きな転機が訪れたのは疾患修飾性抗リウマチ薬(Disease Modifying Anti-Rheumatic Drugs:DMARDs)の登場です。DMARDsとは、単なる対症療法ではなく疾患の経過そのものに影響を与え、関節破壊の進行を抑制し得る抗リウマチ薬を指します。20世紀後半には金製剤やD-ペニシラミンなどもこのカテゴリーに含まれましたが、その真価が発揮されたとは言い難い状況でした 。

そんな中、メトトレキサート(MTX)という薬剤の効果が報告されます。もともと抗がん剤として使われていたMTXを関節リウマチに転用したところ、関節や骨の破壊進行を抑制できることが海外で確認されたのです 。これは関節リウマチ治療薬として史上初めて、骨びらんなど関節破壊の速度を遅らせる効果を示した画期的な発見でした 。アメリカでは1988年にリウマチ治療への使用が認可され、日本でも約10年遅れて1999年に「リウマトレックス®」の製品名で承認されています 。MTXは葉酸代謝を阻害することで免疫細胞の働きを制御し、炎症を鎮めるとともに関節破壊の進行を食い止めます 。その高い有効性から、MTXは今日では世界中で**関節リウマチ治療の第一選択薬(アンカードラッグ)**として位置付けられています 。

MTXの登場によって、関節リウマチ治療は「痛みさえ和らげばよい」という次元から「病気の勢いを抑え込む」新たなフェーズに踏み出しました。実際、MTXを適切に使用することで関節リウマチが寛解状態にまで落ち着く患者さんも現れ始め 、リウマチは「コントロール可能な病気」へと変わり始めたのです。MTXに加え、サラゾスルファピリジン(SASP)やブシラミン、レフルノミド、タクロリムスといった従来型DMARDsも次々と導入され、これらを駆使して関節炎の勢いをできるだけ早期に鎮静化させる「積極的な薬物療法」の考え方が浸透していきました 。

生物学的製剤の登場:サイトカインを狙い撃つ画期的治療

MTXを中心とした従来型DMARDsによって治療成績は大きく向上しましたが、21世紀初頭にさらに画期的な治療薬が登場します。生物学的製剤と総称されるバイオテクノロジー由来の薬剤群で、関節リウマチの炎症を引き起こす特定のサイトカイン(免疫物質)や細胞表面分子をピンポイントで阻害するものです。関節リウマチでは炎症性サイトカインと呼ばれる物質(例えばTNF-αIL-6)が過剰に産生され、関節の炎症と破壊を悪化させていることが判明しており、その働きを抑えることが理想的な治療標的と考えられました 。この発想から1990年代末に欧米で抗TNF-α抗体などの生物学的製剤が開発され、2003年には日本でも初の生物学的製剤**インフリキシマブ(商品名レミケード®)**が承認されました 。

生物学的製剤の登場が与えたインパクトは絶大です。それまでの薬では炎症を鎮めても関節破壊を完全には止められなかったのに対し、生物学的製剤は関節の腫れや痛みを劇的に改善し、骨破壊の進行を食い止めることが可能になったのです 。臨床現場でも、導入当初は重症のリウマチ患者さんが点滴療法のため入院し、わずか1週間後には炎症がほぼ収まり自宅へ歩いて帰れるまで回復するといった劇的な効果が度々観察されました 。抗TNF-α製剤を皮切りに、以降もIL-6受容体阻害薬(トシリズマブ)やT細胞共刺激阻害薬(アバタセプト)など複数の生物学的製剤が次々と開発され、関節リウマチの予後は飛躍的に改善しました。現在日本で使用できる生物学的製剤は、抗TNF-α抗体だけでもインフリキシマブ、エタネルセプト、アダリムマブ、ゴリムマブ、セルトリズマブという5製剤が存在し、さらにIL-6受容体抗体(トシリズマブ、サリルマブ)やT細胞共刺激阻害薬(アバタセプト)、抗IL-1製剤(アナキンラ)など多彩なラインナップが揃っています。2000年代後半には、生物学的製剤の普及により関節リウマチ患者さんの半数以上が寛解を達成できるという報告も現れ 、もはや「リウマチは不治ではない」と言える時代が到来したのです。

もっとも、生物学的製剤は分子の大きなタンパク質製剤であるため点滴もしくは皮下への注射によって投与する必要があり、治療費も高額になる傾向があります。また長期にわたり免疫を抑えるため、結核感染症などのリスク管理も重要です。このように画期的でありながら制約もある生物学的製剤ですが、関節リウマチ治療にもたらした恩恵は計り知れません。

なお、近年では生物学的製剤の低価格後続品であるバイオシミラーも登場し、先行品の薬価の60〜65%程度という安価で提供され始めています 。

JAK阻害薬の登場:経口薬による治療選択肢の拡大

生物学的製剤と同じく免疫の働きを標的にしながら、経口投与できる新しいタイプの治療薬も登場しました。

それがJAK阻害薬(Janus Kinase阻害薬)と呼ばれる小分子化合物です。JAK阻害薬は細胞内に存在する酵素JAKの働きをブロックし、サイトカイン受容体を介した炎症シグナルの伝達を遮断します 。生物学的製剤が細胞外でサイトカインそのものを捕捉して作用を止めるのに対し、JAK阻害薬は細胞内部でサイトカインの「指令」を遮るイメージです 。

2010年代に入り最初のJAK阻害薬(トファシチニブなど)が関節リウマチに導入されると、治療の幅はさらに広がりました 。効果の面でも生物学的製剤に匹敵し、場合によってはそれ以上の有効性を示すことも報告されています 。しかも分子量が小さいため消化管から吸収可能で、飲み薬として内服できる点は患者さんの負担軽減につながりました 。生物学的製剤やMTXで十分な効果が得られなかったケースでもJAK阻害薬で症状が改善する例が多く、難治例への新たな希望となっています 。現在、日本でもトファシチニブ、バリシチニブ、ウパダシチニブ、ペフィシチニブといった複数のJAK阻害薬が使用可能であり、患者ごとに異なる病態に合わせた選択が可能になっています。

JAK阻害薬は原理的には生物学的製剤と同様に免疫反応を強力に抑える薬であり、やはり感染症などの副作用管理が重要です。しかし、経口薬という手軽さ確かな効果によって、関節リウマチ治療における頼もしい選択肢として定着しつつあります。

Treat to Target戦略と「寛解」を目指す治療

最新の薬剤が出揃った現在、関節リウマチ治療の合言葉となっているのが**「Treat to Target(T2T)」という戦略です。直訳すれば「目標に向けた治療」であり、その名の通り明確な治療目標(ターゲット)を設定し、それを達成するまで治療内容を積極的に調整していく考え方を指します 。関節リウマチの場合、その目標とはずばり「寛解」です 。寛解とは、関節の腫れや痛みといった症状がほとんど消失し、病気の活動性がごく低く抑えられた状態を意味します 。言い換えれば、炎症反応が完全に沈静化し、関節破壊が進行していない状態です 。寛解に到達すれば、患者さんは関節リウマチであることを意識せずに普段通りの生活を送れるようになります 。もちろん長年病気を抱えて関節の変形が進んだ患者さんなど、必ずしも全員が寛解を達成できるわけではありません。その場合でも症状を最大限抑え込んだ低疾患活動性**を目標とし、患者さんのQOL維持・向上を目指します 。

Treat to Target戦略では、一定間隔で疾患活動性を評価しつつ治療を微調整していくことが重要です。具体的には、DAS28やCDAIといった疾患活動性スコアを定期的に測定し、目標とする数値(寛解または低疾患活動性)に至っていなければ薬剤の追加や変更をタイムリーに行います 。この「ターゲットに向かって治療を続ける」手法は、2010年頃に国際的なコンセンサスとして提唱され、それまで医師によってばらつきがあった治療方針が「寛解に向けて」という明確な目標で統一されました 。従来のように効果不十分な治療を漫然と続けたり、リスクを恐れて弱い薬から順に試していくピラミッド型治療では早期に関節破壊が進行してしまうため、現在では診断後できるだけ早期(遅くとも数か月以内)に強力な治療を開始し、速やかに疾患活動性を抑え込むことが推奨されています 。

このように、現代の関節リウマチ診療は**「痛みを抑える」ことから「病気の勢いを抑え込む」ことへ**と大きくシフトしました 。適切な治療のもとで寛解を達成できれば、関節破壊による機能障害を防ぎ、健常な人と変わらない日常生活を送ることも夢ではありません 。実際、治療法が限られていた時代には関節リウマチ患者さんの平均余命は健常人より10年ほど短いと言われましたが、現在では発症早期から薬物療法を積極的におこなうことで寿命の差はほぼなくなり、関節の変形に対する手術も激減しています 。まさに「寛解を目指す時代」が到来したと言えるでしょう。医療用医薬品が進化し治療戦略が洗練されたことで、関節リウマチは適切にマネジメントできる疾患へと変貌を遂げたのです。

おわりに

関節リウマチの治療は、この数十年で劇的な進化を遂げ、「痛みを和らげる」だけだった時代から「寛解を目指す」時代へと突入しました。次々に登場した新薬と新戦略により、かつては不治とされたリウマチも今や適切なコントロールが可能な疾患となっています。薬剤師としても、この治療の変遷を理解しておくことは非常に重要です。例えば、昔ながらの治療(アスピリンや金療法、ステロイド単独療法)を経験してきた患者さんには、現在のDMARDsや生物学的製剤による「病気自体を抑える治療」について丁寧に説明し、不安を和らげる必要があるでしょう。また最新の治療を受けている患者さんには、寛解という目標に向かって治療を継続する意義を伝え、服薬アドヒアランスの向上を支援することも求められます。関節リウマチ治療の進化の歴史を踏まえつつ、私たち薬剤師も患者さんに寄り添ったサポートを提供していきたいものです。

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※本記事は薬学生および薬剤師など、医療関係者を対象とした教育・学術目的の情報提供です。医薬品の販売促進を目的としたものではありません。
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