ドライアイ治療は、ずっと「足りないものを補う医療」でした
ドライアイという言葉は、とても身近です。けれど、その中身を本当に語ろうとすると、意外なくらい奥行きがあります。目が乾く、しみる、ゴロゴロする、かすむ、涙が出る。患者さんの訴えは一見ばらばらですが、その奥では涙液層の安定性が崩れ、眼表面に小さな破綻が起き、そこに感覚の異常まで重なっていきます。PMDAの審査報告書でも、ドライアイは涙液層の安定性が低下する疾患であり、眼不快感や視機能異常などの自覚症状が生じ、眼表面障害を伴うことがあると整理されています。
日本のドライアイ治療は、長いあいだ「不足を補う」発想で進んできました。人工涙液で水分を補い、ヒアルロン酸で眼表面を保護し、ジクアホソルで水分やムチン分泌を支え、レバミピドでムチンや炎症の側面にアプローチする。この流れは、日本のドライアイ診療ガイドラインにあるTFOT、つまり眼表面の層別治療の考え方ともきれいに重なります。油層、水分、ムチン、上皮、炎症。それぞれ何が足りないのかを見て、そこに対応する治療を選ぶ。日本のドライアイ診療は、かなり洗練されたロジックの上に積み上がってきました。
ただ、その一方で、現場にはずっと残っていた違和感があります。点眼しても「乾き」だけでは説明しきれない患者さんがいることです。涙液量だけでは割り切れない強い刺激感、ヒリヒリ感、痛みっぽさ、眩しさ、そして所見のわりに訴えが強い症例。逆に、所見はそれなりにあるのに自覚症状があまり前面に出ない症例もあります。ドライアイは単なる涙不足ではなく、感覚の病気でもある。この見方が前に出てきたとき、治療の景色は少しずつ変わり始めました。
そこに登場したのが、アバレプト懸濁性点眼液0.3%です。一般名はモツギバトレプ。2025年12月22日に国内承認を取得し、2026年3月18日に薬価収載予定となった新しいドライアイ治療薬です。添付文書上の薬効分類は「ドライアイ治療剤(TRPV1拮抗薬)」であり、通常は1回1滴を1日4回点眼します。千寿製薬は承認時に、この薬を「世界初、TRPV1拮抗作用を持つドライアイ治療薬」と発表しています。
なぜ今、TRPV1なのか
アバレプトを理解するいちばん大事な入口は、TRPV1という標的です。ここが面白いところで、ドライアイの記事なのに、話が「涙」だけで終わりません。TRPV1は、熱、炎症性物質、浸透圧変化などの刺激を受けて活性化する陽イオンチャネルで、痛みに関与する代表的な分子の一つです。審査報告書では、一次知覚神経に発現し、熱、炎症性物質、浸透圧などの刺激を受容して活性化するチャネルとして説明されています。
この説明をドライアイに引き寄せると、一気に腑に落ちます。ドライアイ患者では、涙液浸透圧の上昇や涙液中炎症性物質の増加が知られており、それらの刺激がTRPV1の活性化や感作を引き起こすことで、角膜知覚神経の閾値低下につながると考えられています。つまり、目が乾いているから痛い、ではなく、乾燥や炎症が感覚の受容体を過敏にし、その結果として「しみる」「痛い」「つらい」という症状が増幅されるわけです。アバレプトは、そのTRPV1を阻害することで、角膜知覚を正常化し、自覚症状の改善を主に期待する薬として開発されました。さらに、TRPV1阻害を介してCCL5の発現、サブスタンスPの放出、T細胞由来IFNγ産生を抑えることで、角膜上皮障害の改善にもつながる可能性があると整理されています。
ここが、この薬のいちばんワクワクする点です。従来薬が「足りない涙液層をどう支えるか」という設計だったのに対し、アバレプトは「刺激をどう受け取り、どう過敏化しているか」という感覚回路の側に踏み込んできた。言い換えると、ドライアイを“乾いた眼表面の病気”としてだけでなく、“過敏になった眼表面の病気”としても見始めた薬です。これは単なる新薬ではなく、病態理解の重心が少し動いたことを意味します。
開発背景を知ると、この薬の狙いがもっとよく見える
モツギバトレプは持田製薬により創製された低分子化合物で、製造販売承認申請者は千寿製薬です。つまり、眼科領域に強い千寿製薬の開発・販売ラインにのった、国産発の新規機序薬として見ることができます。審査報告書でも、持田製薬により創製されたTRPV1拮抗薬と明記されています。
ただ、ここでさらに面白いのは、TRPV1拮抗薬というカテゴリ自体に少し歴史があることです。審査報告書では、複数のTRPV1拮抗薬が過去に経口鎮痛薬として開発されていたものの、ときに40度に至る体温上昇が認められたことなどを理由に開発中止となった経緯に触れています。TRPV1は魅力的な標的でありながら、全身投与では安全性上の壁があった。だからこそ、アバレプトは「この標的を眼科領域で、点眼というかたちでどう活かすか」という発想の産物でもあります。
この流れは、眼科薬開発らしい巧みさがあります。全身で使うと難しい標的でも、局所投与なら成立するかもしれない。しかもドライアイは、病態の中心が眼表面にあり、患者さんのつらさも局所症状として出やすい。標的の面白さと投与経路の合理性が、ここできれいに噛み合っています。新薬の面白さというのは、単に珍しい受容体を狙ったことではなく、その受容体を「どこで」「どう使うと臨床的に意味が出るか」を見つけたところにあります。アバレプトは、まさにそういう薬です。
臨床試験は何を示したのか
この薬は「症状」をどう扱おうとしたのか
アバレプトの臨床試験でまず押さえたいのは、開発がかなり明確に「自覚症状」を見に行っていることです。国内第II相試験2-01では、角膜上皮障害を有するドライアイ患者を対象に、0.1%、0.3%、1%、プラセボを比較して、有効性、安全性、至適用量が検討されました。国内第III相比較試験3-02では、ドライアイ患者535例を主たる有効性解析対象集団として、本剤0.3%とプラセボが比較されています。
第III相試験3-02の主要評価項目は、投与4週時におけるDEQS合計スコアのベースラインからの変化量でした。DEQSはドライアイQOL質問票で、まさに患者さんの自覚症状と生活への影響を評価する指標です。結果は、本剤群でマイナス16.76、プラセボ群でマイナス14.36、群間差マイナス2.40、95%信頼区間はマイナス4.72からマイナス0.07、p値は0.0433で、本剤群のプラセボ群に対する優越性が検証されました。添付文書でも、主要評価項目で優越性が検証されたと記載されています。
この数字をどう読むかが大事です。劇的に涙を増やす薬、という読み方は正確ではありません。むしろ、この薬は「患者さんが感じているつらさ」に対して統計学的な差を示した薬として理解するほうが本質に近い。審査報告書でも、主要評価項目をDEQSにした理由として、本剤で期待される主たる効果がドライアイの自覚症状改善であったこと、本邦で作成され日本人ドライアイ患者の評価に適していると考えられることが挙げられています。さらに、第II相試験ではDEQS合計スコアの群間差が投与1週時から認められ、4週時まで維持されていたことから、第III相試験の主要評価時点が4週に設定されました。
つまり、アバレプトは開発の初期から、「ドライアイの症状は所見だけでは語れない」「患者さんがどう感じるかを正面から評価しよう」という設計思想を持っていたわけです。これは、ドライアイ治療の歴史の中でかなり重要です。ドライアイは、検査値や染色スコアだけでは患者さんの苦痛を十分に表せないことがある。だからこそ、QOL指標を主要評価項目に置く。この一手には、病気の見方の変化がにじんでいます。
それでも「所見」を捨てたわけではありません
自覚症状を主軸にしたとはいえ、アバレプトが所見を無視したわけではありません。第II相試験2-01の主要評価項目は、投与4週時における評価眼の角膜全域のフルオレセイン染色スコアの変化量でした。つまり開発初期では、角膜上皮障害という他覚所見の改善をかなりしっかり見ています。さらに審査報告書では、TRPV1阻害を介した炎症性物質産生抑制が角膜上皮障害の改善につながる可能性についても整理されています。
第III相試験では症状に軸足を移した一方で、部分集団解析では角膜上皮障害の有無による違いも検討されています。審査報告書では、DEQSの改善は角膜上皮障害の有無にかかわらず本剤群でプラセボ群を上回る傾向が認められた一方、BUT改善は角膜上皮障害の有無で異なる傾向が見られたと記載されています。ここから見えてくるのは、この薬が単純な「涙液安定化薬」とは違うことです。涙液層そのものを直接増やす薬というより、症状と一部の病態に対して別の角度から効いてくる薬として見たほうがよい。
若手薬剤師がここで語れるようになっておきたいのは、「アバレプトはドライアイの何を治そうとしているのか」という問いです。答えは、おそらく一つではありません。ただ少なくとも、涙液不足を補うだけでは届きにくかった“刺激感の病態”に切り込もうとしていることは間違いありません。これが、ジクアホソルやレバミピドと同じ土俵にいながら、少し違う顔をしている理由です。
ガイドライン上の立ち位置はどう見るべきか
ここは慎重に整理したいところです。日本眼科学会などのドライアイ診療ガイドラインとして現在公表されているのは2019年版で、内容は2017年までの論文をもとに作成されたと明記されています。したがって、2025年に承認されたアバレプトがこのガイドラインに収載されていないのは自然なことです。現時点で、アバレプトについて日本のドライアイ診療ガイドライン上の推奨度を語ることはできません。
そのうえで、今の立ち位置をどう表現するか。これは「既存治療を置き換える主役」ではなく、「新しい病態軸を持ち込んだ選択肢」と表現するのがいちばん正確です。2019年ガイドラインでは、ジクアホソルやレバミピドは従来の点眼治療に比べて自覚症状や上皮障害を改善させ、治療の選択肢として推奨すると整理され、TFOTの概念図でも水分、ムチン、炎症などのレイヤーに位置づけられています。アバレプトは、その既存フレームの外にいきなり飛び出す薬ではなく、そのフレームの中に「感覚過敏」「TRPV1」「刺激受容」という新しい軸を差し込んできた薬と見るのがよさそうです。
言い換えると、ドライアイ治療の地図そのものが全て塗り替わったわけではありません。でも、地図の余白に新しい道が一本引かれた。その道は、涙液量でもムチンでもなく、「痛みや刺激の受け取り方」に通じています。アバレプトをそういう薬として理解すると、無理に既存薬と優劣で語る必要がなくなります。役割の違いとして語れるようになるのです。
実務では何を押さえるべきか
実務でまず大切なのは、アバレプトが懸濁性点眼液であることです。添付文書では、使用時はキャップを閉じたままよく振ってから点眼すること、保管の仕方によっては振っても粒子が分散しにくくなる場合があるため開栓前までは上向きに保管すること、と明記されています。つまり、この薬は「新しい作用機序」以前に、「正しく使わないと本来の性能が出にくい薬」でもあります。服薬指導というより点眼指導が、かなり重要です。
次に、点眼後の一時的な見えにくさです。添付文書では、点眼後に一時的に目がかすむことがあるので、機械類の操作や自動車運転に注意させることとされています。ドライアイ患者さんは、そもそも見えにくさや疲れ目を訴えて受診していることが少なくありません。そのため、「もともとの症状」と「点眼直後の一過性のかすみ」を混同しないように説明する必要があります。ここを曖昧にすると、「合わない薬かも」と自己判断で中止されやすくなります。
さらに、この薬ならではの注意点が温度覚の異常です。TRPV1拮抗薬は、血漿中濃度依存的に体温上昇や熱痛知覚閾値上昇などを引き起こす可能性があり、添付文書でも重要な基本的注意に入っています。特に低体重の患者、小児、高齢者では注意が必要で、熱源に気づかず低温熱傷を含む熱傷に至る可能性があるため、熱源を避けられるか確認することが求められています。点眼薬なのに熱傷リスクを説明する、というのはかなり独特です。この違和感こそ、薬剤師が語るべきポイントです。「この薬は目薬ですが、標的は痛みや温度感覚に関わるTRPV1なので、通常のドライアイ点眼とは少し違う注意点があります」と言えると、一気に深くなります。
副作用としては、添付文書では眼部冷感、霧視のほか、アレルギー性結膜炎、角膜びらん、眼そう痒症、眼の異常感、眼の異物感、眼部不快感、流涙増加などが記載されています。第III相試験では、有害事象は本剤群19.7%、プラセボ群14.6%、副作用は本剤群5.6%、プラセボ群3.7%でした。長期投与試験では冷感が7.4%で比較的目立っています。冷たく感じる、違和感がある、という訴えが想定されるので、使用初期の問診では「しみませんか」だけでなく「冷たく感じませんか」「変な感覚はありませんか」まで聞いておくと実務的です。
アバレプトは、ドライアイ治療の何を変えるのか
アバレプトがもたらした最大の変化は、ドライアイの物語に「神経」という章を強く書き加えたことだと思います。もちろん、ドライアイが涙液層の病気であることは変わりません。TFOTの考え方も、今後も大切です。油層、水分、ムチン、上皮、炎症をどう捉えるかは、これからも診療の土台であり続けるはずです。
ただ、その土台の上に、「刺激はどう受け取られているか」「なぜこんなにしみるのか」「なぜ所見以上につらいのか」という問いが、これまで以上にはっきり置かれるようになった。アバレプトは、その問いに対する初めての本格的な答えの一つです。TRPV1拮抗という言葉は一見とっつきにくいですが、要するにこれは、ドライアイを“乾き”だけで終わらせない薬です。そこが、この薬を面白くしている核心です。
若手薬剤師がこの薬を語れるようになるために必要なのは、製品名や作用機序を暗記することではありません。ドライアイ治療が、補う医療から、感じ方まで含めて整える医療へ少し広がったことを理解することです。ヒアルロン酸、ジクアホソル、レバミピドの歴史の先に、なぜ今アバレプトが出てきたのか。それは、ドライアイが涙だけの病気ではなかったからです。アバレプトは、その当たり前だけれど見落とされがちだった事実を、治療薬という形で可視化した薬です。
そしてヤクマニ的に最後を一言でまとめるなら、こうなります。ドライアイは、目が乾く病気ではある。でも、それだけではない。痛み、刺激、違和感、感覚の過敏さまで含めて見たとき、この病気の輪郭は初めてはっきりする。アバレプトは、その新しい輪郭に合わせて登場した薬です。だから面白いのです。


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