クロザピンから始まった、薬の“性格”の違い
はじめに ― なぜ今このテーマを扱うのか?
「この薬、定型?非定型?」
そんな問いが現場や国家試験の対策でもしばしば登場します。
抗精神病薬は、統合失調症をはじめとした精神疾患の治療に使われる重要な薬ですが、その歴史は“副作用との闘い”でもありました。
そして、その分かれ目となったのが「定型」と「非定型」という考え方です。
この記事では、非定型の始まりとなったクロザピンに焦点を当てつつ、薬の“性格”の違いをストーリーとしてたどります。
そもそも「定型」「非定型」って何?
抗精神病薬は、作用機序や副作用の違いから、大きく「定型(typical)」と「非定型(atypical)」に分けられます。
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定型抗精神病薬(第一世代)
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→ 1950年代から使用。強力なドパミンD2受容体遮断作用を持ち、幻覚や妄想(陽性症状)には強力に効く。
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→ 代表例:ハロペリドール、クロルプロマジン
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→ 副作用:錐体外路症状(EPS)や高プロラクチン血症が目立つ。
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非定型抗精神病薬(第二世代)
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→ 1990年代以降に本格登場。D2遮断は穏やかで、セロトニン5-HT2A受容体遮断作用も併せ持つ。
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→ 陽性症状に加えて陰性症状や認知機能への効果も期待。
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→ 副作用:体重増加、代謝異常などが出やすいことも。EPSは比較的少なめ。
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ちなみに、「非定型」とはいえ**“型破りな薬”という意味ではなく**、「従来の型(typical)とは異なる」という中立的な立場の言葉です。
「非定型」という概念はどこから来たのか?
答えは――クロザピンです。
1960年代、スイスのサンド社(現ノバルティス)によって開発されたクロザピンは、当初から不思議な薬でした。
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幻覚や妄想を改善するのに、
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錐体外路症状がほとんど出ない
「これはいったい何者だ?」
当時の研究者たちは驚きます。実際、クロザピンはD2受容体への結合が緩やかであり、代わりにセロトニン受容体への作用が強いという特性を持っていたのです。
さらに、他にもノルアドレナリン、ヒスタミン、ムスカリン受容体など、多彩な神経系に作用する“多剤標的型”の薬でもありました。 つまり、「ドパミン一辺倒」だった抗精神病薬の世界に、“多様性”という新しい価値観を持ち込んだ薬だったのです。
このとき、研究者の間ではまだ「非定型(atypical)」という言葉は使われていませんでしたが、クロザピンのような作用プロファイルの薬が、のちに「非定型抗精神病薬」と呼ばれるカテゴリーの先駆けとなります。
栄光と転落 ― クロザピンの試練
しかし、クロザピンの道のりは平坦ではありませんでした。
1970年代、フィンランドで顆粒球減少症(無顆粒球症)による死亡例が報告され、世界中で一時的に販売中止となります。
多くの患者や医療従事者にとって、これは大きな後退でした。
「ようやく副作用の少ない薬が出てきた」と期待されていたのに、その期待は裏切られる形になったのです。
しかし――時を経て再評価の波が訪れます。
クロザピンは、他の薬が効かない“治療抵抗性統合失調症”には有効であるということが分かってきたのです。
そして、定期的な血液検査(週1回から始まり、徐々に頻度を減らしていく)を条件に再承認され、今では世界各国で、限られた患者への最後の切り札として位置づけられています。
日本でも2009年にClozaril®が登場し、「Clozaril患者モニタリングサービス(CPMS)」という専用管理体制のもと、慎重に運用されています。
非定型の時代 ― リスペリドンからアリピプラゾールへ
クロザピンの副作用リスクを避けつつ、同じような治療効果を得る――
それが、次世代の非定型薬たちに託された使命でした。
1990年代、初めての“クロザピンフォロワー”として登場したのがリスペリドン。
D2と5-HT2Aの両方を遮断することで、**「陽性症状にも陰性症状にも効きやすく、EPSも少なめ」**というバランスの良い薬として受け入れられました。
そこから、非定型薬は急速に拡大します:
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オランザピン:高い鎮静効果と体重増加リスク
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クエチアピン:眠気が強く、気分障害にもよく使われる
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アリピプラゾール(エビリファイ):ドパミンD2受容体の部分作動薬という新機軸
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ブレクスピプラゾール:アリピの後継的な位置づけで、BPSDなど新たな適応へ
非定型薬は「副作用が少ない万能薬」ではありません。
しかし、“患者ごとに薬を選ぶ時代”を切り開いた存在でもあります。
まとめー薬の“性格”を知ると、選び方が見えてくる
抗精神病薬の「定型/非定型」という分類は、ただの薬理的な区別ではありません。
それは、患者のQOLをどう守るか、副作用とどう向き合うかという“治療戦略”の違いです。
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D2をガッツリ遮断して強力に攻めるか
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セロトニンや他の神経系も見据えてバランスをとるか
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それとも「部分的に刺激する」という新たな選択肢を取るか
薬の“性格”を知ることで、私たち薬剤師ができる提案の幅も広がっていきます。
「定型/非定型」――
それは単なる分類ではなく、治療の考え方そのものがアップデートされた歴史なのです。
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