抗ヒスタミン薬はなぜ第二世代に分けられたのか|眠気を避けた薬が心毒性でひっくり返るまで

抗ヒスタミン薬の第二世代分類、薬史、心電図波形を表したアイキャッチ 治療の進化
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by ヤクマニドットコム

眠気を避けるために生まれた分類が、心毒性でひっくり返るまで

抗ヒスタミン薬には、第一世代と第二世代があります。

薬剤師なら、まあ聞いたことがあります。

第一世代は眠気が出やすい。第二世代は眠気が出にくい。

はい、終了。

いや、終了じゃない。

その説明は便利です。便利なんですが、そこで止めると、この分類がなぜ生まれたのかが見えません。

薬の分類は、自然現象ではありません。

誰かが分けたから、分類になります。

では、誰が、何に困って、抗ヒスタミン薬を「第一世代」と「第二世代」に分けたかったのか。

そして、その分類は何の役に立ったのか。

ここを掘ると、抗ヒスタミン薬の歴史は急に面白くなります。

第二世代という言葉は、単に「新しい薬」という意味ではありませんでした。背景にあったのは、第一世代抗ヒスタミン薬が抱えていた眠気です。眠気は、ただの副作用ではありません。薬の価値を変えるほど大きな問題でした。

効くけれど眠い。

症状は抑えるけれど、日中の仕事や運転や学習を邪魔する。

アレルギー症状を止める薬が、生活を止めてしまう。

大げさに聞こえるかもしれませんが、ここに第二世代という分類が必要になった理由があります。

ただし、話はそこで終わりません。

眠気を避けるために生まれた「nonsedating」という価値は、テルフェナジンで大きく成功します。ところがそのテルフェナジンは、後に心毒性と薬物相互作用の問題で市場から撤退します。

眠気が少ないから、よい薬。

そう思ったら、別の場所からリスクが出てきた。

薬、こわい。

いや、こわいで済ませる話ではありません。

ここで起きたのは、薬の評価軸の更新です。

第一世代と第二世代という分類は、眠気を見えやすくしました。その一方で、代謝、相互作用、QT延長という別の問題を最初から十分に見せてくれたわけではありません。

分類は便利です。

でも、便利な分類は、必ず何かを隠します。

この記事では、抗ヒスタミン薬を「どれが強いか」「どれを選ぶか」という臨床解説ではなく、分類が生まれ、機能し、そして一度ひっくり返る歴史として見ます。

主役は、薬の使い分けではありません。

主役は、薬を分類する人間の都合です。

ヒスタミンを止めたい、という欲望

まず、ヒスタミンです。

この物質がまた、ややこしい。

ヒスタミンは、アレルギー反応で鼻水やかゆみに関わる。胃酸分泌にも関わる。脳では覚醒にも関わる。

一人何役。

いや、物質に一人も何もないんですが、場所によって意味が変わりすぎます。

だから「ヒスタミンを止める薬」と言っても、実際にはかなり危うい言い方です。皮膚や鼻粘膜でヒスタミンの作用を止めたい。けれど脳内のヒスタミン作用まで邪魔すると眠気が出る。胃酸分泌のヒスタミン作用はH2受容体の話になる。

同じヒスタミンでも、場所と受容体で別の物語になります。

そして、抗ヒスタミン薬の始まりは、まだその受容体の地図がきれいに描かれていない時代でした。

1930年代のパスツール研究所。

Daniel Bovetは、Ernest Fourneauの医化学部門で合成化合物を扱っていました。後にBovetは、抗ヒスタミン薬やクラーレ様薬物の発見で1957年にノーベル生理学・医学賞を受けます。

ただ、ここで大事なのは「天才が未来を見通していた」という話ではありません。

むしろ逆です。

当時は、今のようにH1受容体の立体構造が見えていたわけではありません。受容体という概念も、現代の分子薬理学ほど具体的ではありませんでした。Bovetたちは、体内物質の作用を合成化合物で邪魔できるのではないか、という発想で進んでいました。

内因性物質に似た、あるいは対抗する化合物を作る。

体の信号を、化学で横から止める。

言い方を変えると、体内の会話に割り込む薬を作ろうとしていたわけです。

かなり乱暴です。

でも、薬理学はだいたい最初は乱暴です。

929F、薬になれなかったのに歴史を始めた

1937年、BovetとAnne-Marie Staubらは、929Fという化合物の抗ヒスタミン作用を報告します。

名前が無骨です。

929F。

商品名でもなければ、患者さんが覚えやすい名前でもありません。実験室の番号です。まだ薬になるかどうか分からないものに、きれいな名前は要りません。

929Fは、モルモットをヒスタミン誘発性アナフィラキシーから守る作用を示しました。

おお、効いた。

ここで普通なら、「最初の抗ヒスタミン薬が誕生しました」と言いたくなります。

言いたい。

でも言えない。

929Fは毒性が強く、人に使える薬にはなりませんでした。

はい失敗。

いや、失敗で終わらない。

ここが薬史の面白いところです。

929Fの価値は、薬になったことではありません。薬になれなかったことです。もっと正確に言うと、「ヒスタミンの作用を合成化合物で邪魔できる」という方向を示したことです。

まだ臨床には届かない。

でも、道はある。

この段階の発見は、派手ではありません。誰かの鼻水が劇的に止まったわけでもない。薬局に並んだわけでもない。テレビCMもない。

でも、医学史ではこういう「使えないが、可能性を証明したもの」が大事です。

使えない薬が、薬の歴史を始める。

変な話です。

でも、かなりよくある話です。

Antergan、やっと人間に届く

929Fのあと、研究はRhône-Poulencとの流れの中で進みます。

ここで出てくるのがphenbenzamine、商品名Anterganです。文献ではRP 2339としても出てきます。

番号から商品名へ。

急に薬っぽくなってきました。

Anterganは1942年、人で使われた最初期のH1抗ヒスタミン薬として位置づけられます。さらにmepyramine、つまりpyrilamine、商品名Neo-Anterganが続きます。

ここで、抗ヒスタミン薬はようやく「ヒスタミンに拮抗する実験化合物」から「人のアレルギー症状に使える薬」へ進みます。

ただし、この時点でもまだ完成ではありません。

むしろ、問題はここからです。

薬が人に届くと、実験室では見えなかった問題が見えます。

それが眠気です。

第一世代抗ヒスタミン薬は、アレルギー症状を抑える薬として広がりました。diphenhydramine、tripelennamine、chlorpheniramine、promethazine。1940年代以降、抗ヒスタミン薬は一気に増えていきます。

ここで重要なのは、「増えた」という事実そのものではありません。

増えすぎたことです。

FDAの歴史資料では、Goodman and Gilmanの薬理学教科書が、抗ヒスタミン薬には“needlessly large number”があり、有効性の面ではほとんど区別できない、と評したことが紹介されています。

言い方。

でも気持ちは分かります。

似たような薬がたくさんある。どれも効く。では、何で選ぶのか。

このとき、効き目だけでは薬を分けにくくなります。

そこで副作用が、薬の価値を決める要素になっていきます。

つまり、抗ヒスタミン薬の歴史では、分類の主役が「効くかどうか」から「飲んだ後に何が起きるか」へ移っていきます。

この視点が大事です。

薬は、効いたら終わりではありません。

効いた後に、何を連れてくるか。

そこまで含めて、薬の価値になります。

眠気は、ただの副作用ではなかった

第一世代抗ヒスタミン薬は、眠気を起こしやすいものが多いです。

これは今なら当たり前の知識です。

でも、歴史として見ると、眠気は単なる「困った副作用」ではありません。抗ヒスタミン薬を新しく分類し直すほどの問題でした。

なぜか。

眠気は、薬の使われ方を変えるからです。

花粉症の症状を抑えたい人がいる。鼻水やくしゃみを止めたい。でも日中に眠くなる。仕事に集中できない。運転に不安が出る。学校でぼんやりする。

症状は抑えた。

でも生活が鈍る。

これでは薬の価値が割れます。

この時代の抗ヒスタミン薬を「効く薬」とだけ見ると、話を取り逃がします。第一世代が抱えていた問題は、「効かない」ことではありませんでした。

効く。

効くけれど、薬が生活に食い込みすぎる。

ここで「眠気の少ない抗ヒスタミン薬」が求められます。

そして、ここから分類が必要になります。

なぜ分類が必要だったのか。

医師にとっては、患者に説明しやすくなります。「従来薬より眠気が少ない薬です」と言える。

患者にとっては、薬を飲むことへの抵抗が変わります。「アレルギーは抑えたいけれど眠くなるのは嫌だ」というニーズに名前がつく。

企業にとっては、差別化できます。似たような抗ヒスタミン薬が多い中で、「この薬は従来の眠気問題を超えた」と言える。

薬剤師にとっては、説明の軸ができます。効き目の比較ではなく、眠気や生活への影響で話せる。

つまり分類は、知識を整理するためだけに生まれるのではありません。

意思決定を楽にするために生まれます。

ここが重要です。

第一世代と第二世代という分類は、薬理学の棚をきれいにするためだけのものではありません。眠気という困りごとを中心に、薬の価値を語り直すための言葉でした。

“nonsedating”という旗

1980年代の文献を見ると、最初から「第二世代」という言葉だけが前面に出ていたわけではありません。

むしろ目立つのは、nonsedating antihistamines です。

鎮静しにくい抗ヒスタミン薬。

ものすごく直球です。

1989年のレビューでは、terfenadine、astemizole、loratadine、acrivastineが “nonsedating histamine H1-receptor antagonists” としてまとめられています。

ここで打ち出されているのは、化学構造の美しさではありません。

眠くなりにくいこと。

患者にとっても、医師にとっても、企業にとっても分かりやすい。あまりに分かりやすい。

そして、分かりやすい言葉は強い。

“nonsedating” は、第一世代抗ヒスタミン薬の弱点を一撃で指差します。

従来薬は眠かった。

新しい薬は眠くなりにくい。

はい、買う理由ができました。

言い方が露骨ですか。

でも、薬の歴史にマーケティングは普通に入ってきます。分類語は、純粋な学問の中だけで育つわけではありません。臨床現場、製薬企業、規制、患者の生活、その全部が混ざって言葉が定着します。

その後、1990年代には “second-generation, nonsedating antihistamines” という表現が文献に見えるようになります。1993年の慢性蕁麻疹に関するレビューでは、terfenadine、astemizole、loratadine、cetirizineがそう呼ばれています。1994年のNEJMレビューでも、第一世代の比較的鎮静性があるH1拮抗薬に対して、第二世代の比較的鎮静しにくいH1拮抗薬が強調されます。

ここで「第二世代」という言葉は、単なる時代区分ではなくなります。

それは、眠気を減らすという価値を背負った分類でした。

ただし、分類は万能ではありません。

“nonsedating” と呼ぶと、眠気は見えやすくなります。

でも、代謝は見えにくくなります。

相互作用も見えにくくなります。

心毒性も見えにくくなります。

分類はライトです。

照らした場所はよく見えます。

でも、照らしていない場所は暗くなります。

そして、その暗い場所から出てきたのがテルフェナジン問題でした。

テルフェナジン、失敗が価値になる

テルフェナジンは、米国ではSeldaneとして1985年に承認されました。

この薬の始まりが面白い。

FDAの歴史資料によると、Merrell Dowの研究者たちは、テルフェナジンを1970年代初めに精神安定薬の候補として準備していました。

精神安定薬の候補。

つまり、もともとは「落ち着かせる薬」側の発想です。

ところが、期待した鎮静がない。

精神安定薬としては、うまくいかない。

はい失敗。

いや、ここでも失敗で終わらない。

その「鎮静しない」という失敗が、抗ヒスタミン薬では価値になりました。

ここ、めちゃくちゃ薬史っぽいです。

ある文脈では失敗だった性質が、別の文脈では長所になる。目的地を変えた瞬間、欠点が売りになる。

テルフェナジンは、第一世代抗ヒスタミン薬が抱えていた眠気問題を乗り越える薬として広がります。

この成功は大きかった。

抗ヒスタミン薬には似たようなものが多く、効き目では区別しづらい。そこに「鎮静しにくい」という価値が入ってきた。薬の選ばれ方が変わります。

眠気の少ない薬。

それは患者の生活にとって魅力的で、医療者の説明にも使いやすく、企業にとっても強い差別化になります。

分類が機能した瞬間です。

“nonsedating” という旗は、ちゃんと役に立ちました。

成功薬が、撤退薬になる

しかし、テルフェナジンの物語はここで終わりません。

むしろここからが本題です。

テルフェナジンは、体内で代謝されて活性代謝物になります。ところが、CYP3A4を阻害する薬剤、たとえば一部の抗真菌薬や抗菌薬などによって代謝が妨げられると、未変化体の血中濃度が上がることがあります。

その結果、QT延長やtorsades de pointesを含む重い不整脈が問題になりました。

眠気を避けたら、心臓が出てきた。

ひどい展開です。

でも、薬史としてはものすごく重要です。

ここで見えたのは、「眠くなりにくい」という価値の限界です。

“nonsedating” は、眠気という問題を見事に照らしました。第一世代と第二世代という分類は、眠気の少なさを軸に薬を語り直すことに成功しました。

しかしその分類は、代謝の罠を十分には照らしていませんでした。

FDAは1990年にテルフェナジンの添付文書改訂と医療者向け警告を行い、1992年にはboxed warningを求めます。報告例が積み重なり、より安全な代替薬が登場すると、FDAはテルフェナジンのベネフィットがリスクを上回らないと判断します。

そして1998年初めまでに、Seldaneは米国市場から撤退します。

ここで分類は、いったんひっくり返ります。

第二世代だから安心。

鎮静しにくいから安全。

そう単純には言えない。

薬の価値は、一つの副作用を避けただけでは決まりません。眠気を避けることは大事です。でも、代謝、併用薬、心毒性、規制当局の判断まで含めて見なければならない。

抗ヒスタミン薬の歴史は、ここで「眠気の歴史」から「安全性評価の歴史」に変わります。

フェキソフェナジン、親を超えた代謝物

テルフェナジンの活性代謝物が、フェキソフェナジンです。

アレグラですね。

いまでは普通の顔をして薬局にいます。花粉症シーズンになると、もはや季語みたいな存在です。

でも歴史の中で見ると、フェキソフェナジンはかなり面白い。

なぜなら、親薬であるテルフェナジンが撤退し、その代謝物が標準薬として残ったからです。

親が消えて、子が残る。

薬の世界でこういう言い方をしていいのか分かりませんが、構図としてはそうです。

FDAは1996年にフェキソフェナジンを承認しました。テルフェナジンの治療上の利点を持ちながら、危険な副作用を避ける薬として導入されます。そしてテルフェナジンは撤退します。

ここで重要なのは、フェキソフェナジンを「アレグラという有名な薬」として見るだけでは足りないということです。

フェキソフェナジンは、第二世代抗ヒスタミン薬の成功と失敗を同時に背負っています。

眠気を減らすという成功。

代謝と心毒性を見落とした失敗。

その両方の後に残った薬です。

だからフェキソフェナジンは、単なる「眠くなりにくい薬の代表」ではありません。

分類の限界をくぐり抜けた薬です。

ここが面白い。

アレグラ、ただの有名薬じゃなかった。

いや、有名薬ではあるんですけど。

分類は役に立つ。でも歴史を隠す。

ここで、もう一度「第一世代」「第二世代」という分類に戻ります。

この分類は役に立ちます。

ものすごく役に立ちます。

第一世代は中枢へ移行しやすく、眠気や抗コリン作用が問題になりやすい。第二世代は中枢へ移行しにくく、眠気が出にくい傾向がある。

これを知らないと、薬の説明もしにくいし、薬剤群の全体像も見えにくい。

だから分類は必要です。

でも、分類が便利すぎると、その中にあるドラマが消えます。

第一世代。

第二世代。

この二つの箱に入れた瞬間、929Fの毒性も、Anterganが人に届いたことも、Benadrylが筋弛緩薬探索から出てきたことも、テルフェナジンが精神安定薬候補としては失敗したことも、心毒性で撤退したことも、フェキソフェナジンが代謝物として残ったことも、全部きれいに隠れます。

分類は、歴史を整理します。

同時に、歴史を圧縮します。

圧縮された歴史は便利ですが、面白くありません。

ヤクマニでやりたいのは、たぶん逆です。

圧縮された分類を、もう一度ほどくこと。

「第二世代抗ヒスタミン薬」という一語の中に、どれだけの失敗、欲望、規制、商品戦略、薬理学の変化が詰まっていたのかを見ること。

その方が、薬はずっと面白い。

もっと読みたい人へ

日本語で薬の発見史を読むなら、岡部進『くすりの発明・発見史』が候補になります。抗ヒスタミン薬だけの本ではありませんが、「抗アレルギー薬の発見」が章として立っていて、薬がどう見つかるのかを人物史として読めます。

※本項には商品紹介リンク(広告)が含まれます。

もっと歴史寄りに潜るなら、Kargerの『History of Allergy』があります。英語で高いので万人向けではありませんが、アレルギーという概念がどう生まれ、hay fever、アナフィラキシー、免疫療法、抗ヒスタミン薬へ広がっていったのかを追える本です。

抗ヒスタミン薬だけで一冊読みたい人には、『ファーマナビゲーター・抗ヒスタミン薬編』もかなり良いです。古い本なので現行薬の最新比較には向きませんが、インペアード・パフォーマンスやインバース・アゴニストまで掘っていて、「花粉症の薬」で済ませたくない人向けです。

ここまで読んで「抗ヒスタミン薬だけで本があるの?」と思った人。

あります。

あるんです。

薬の世界、油断するとすぐ沼が開きます。

おわりに

抗ヒスタミン薬の歴史は、薬剤名を順番に並べるだけでは面白くありません。

面白いのは、分類が必要になった理由です。

929Fは、毒性が強くて人には使えませんでした。でも、ヒスタミンの作用を化合物で邪魔できることを示しました。

Anterganは、人に届く抗ヒスタミン薬の時代を開きました。

第一世代抗ヒスタミン薬は、効きました。でも眠気を連れてきました。

その眠気が、薬を分類し直す理由になりました。

“nonsedating” という旗が立ち、第二世代というラベルが広がりました。

テルフェナジンは、その価値を象徴する薬でした。精神安定薬候補としては失敗した「鎮静しない性質」が、抗ヒスタミン薬としては長所になった。

でも、代謝と心毒性の問題で、その成功はひっくり返ります。

そしてフェキソフェナジンが残りました。

こうして見ると、「第一世代」「第二世代」という分類は、ただの暗記項目ではありません。

人間が何に困り、何を見たいと思い、何を見落としたのか。

その歴史の跡です。

薬の分類は、薬の性質だけを表しているように見えます。

でも実際には、その時代の困りごとを映しています。

抗ヒスタミン薬の第二世代とは、眠気に困った時代が作った分類でした。

そしてテルフェナジンの撤退は、その分類だけでは足りなかったことを教えました。

分類は必要です。

でも分類で分かった気になると、いちばん面白いところを見逃します。

だから、分類表を見たら、少し疑ってみる。

誰が、何に困って、その線を引いたのか。

その線は何を見せて、何を隠したのか。

薬の歴史は、そこから急に深くなります。

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